第24章 白鳥をもう一度 終章
二〇〇四年秋、新潟中越地方を強い地震が襲った。
アランドリーの新潟工場に負傷者は出なかっただろうか、不良返品の在庫の山は崩れ落ちなかっただろうか。店町は案じた。
宗像は生まれ故郷の復興のために何らかの活動をすることだろう。宗像は多額の義援金を出すことができる。店町には真似したくともできない行為である。
彼我の差はあまりに大きい。
本当に困っている人というのは、そのお金にまつわるエピソードなど気にすることなく支援をありがたく受け取るのである。その行いに対して感謝するのである。店町のように復興を強く願う気持ちだけでは足りないのである。
店町が記録を貸金庫に預けた帰りに乗った寝台急行きたぐに号は、震災の日からしばらく運休したままになっていた。
店町の脳裏に、新潟県知事から感謝状を受け取る宗像の姿が浮かんだ。
自分が将来成功して権力と金を手にしたとき、宗像と同じ失敗をしてしまわないだろうかというささやかな不安が店町を襲った。人を押しのけることを好まず、この先もずっと自然体でありたいと店町は願った。店町は、社会ルールに忠実な白鳥の姿をもう一度見たいと思った。三月十五日だった。瓢湖の白鳥たちが一斉に北に帰っていく時期である。
今ならまだ間に合う。
店町は車を走らせた。
記録を預けたあの日から、三年半以上が経過している。感謝の気持ちとともに存在する裏切りに対する復讐心が、その時間の中でどのように変化しているのだろうか。白鳥の姿を見届けたあと、自分はどのように行動するのだろうか。
ルームミラーに差し込む西日が店町の顔を赤く染めた。このまま走れば、日付が変わるまでに瓢湖に到着できる。
宿は、まだ決めていない。
(了)
本編を読み終えた方へ
作品を書いてから21年。 2026年の自分から読み返した作者ノートと、 2005年当時の松本清張賞応募資料を残しています。
