第9章 会議室と車窓
店町がはじめて取締役会に同席したのは、七月の第三週目の水曜日である。社長室には宗像をはじめ、他の取締役四名と監査役二名が商談テーブルを囲んで座っていた。店町はドア寄りの場所にパイプ椅子を置いてそこに控えた。刈谷もその横に座っている。
他の主要な会議と同じように取締役会も宗像のペースで進んだ。宗像の隣に座る女性取締役の田丸から時折意見が出ていた。田丸は他の会議でも積極的な意見を出すことが多い。しかも彼女の意見は比較的影響力も強かった。この活発な仕事スタイルが社長の目に留まって取締役まで上り詰めたのだということを店町はいくつかの会議に出席して感じていた。
取締役会が終わって、店町が秘書室でパイプ椅子を片付けていると、社長室から出てきた田丸が話し掛けてきた。
「店町くん、最近、刈谷くんに似てきたわね。仕草とか話し方とか、もうそっくり。できる男って感じがするわよ。頑張ってね」
お世辞とはわかっていても、こう言われてみるとうれしいものである。店町は素直な笑顔を向けた。宗像と同様、田丸も人の心を掴むのがうまい。
しばらくすると昼を知らせるチャイムが鳴った。
このフロアでは、店町と海外事業部の若手社員の間で当番を決めて弁当を買いに行くことになっている。若手男性社員の山田がフロアメンバーの弁当を買って戻ってきたのに続いて、珍しく刈谷も弁当を手に入ってきた。
「刈谷さん、弁当が必要なら言ってくださいよ。一緒に買ってきますのに」
「いや、今日は特別なんだ、役員会の議事録を早く仕上げてしまわないといけないから」
「さすが刈谷さん。店町君も早く追いつかないとだね」
こう言ったのは北野だった。
刈谷は過去の取締役会議事録に目を通しながら弁当を食べている。店町は刈谷のほうを見て、
「田丸さんって凄い方ですね。あの歳で女性取締役ですよね。社長もいつもほめていらっしゃいますね。社長の次に給料をもらっているのは田丸さんだって」と日頃から感じていた感想を言った。
刈谷はそれに対して、
「彼女は自己アピールがうまいんだよ。アピールの仕方次第で実力の数倍程度までなら大きく見せることができるから。もっとも、やり方次第ではもっと大きくすることもできるけどね。やり方次第では」と答えた。そして刈谷は意味深げな表情で微笑んだ。その笑みが何を意味しているか店町はまだ気付いていなかった。
八月の夏季休暇が明けると刈谷は秘書業務の大部分を店町ひとりに任せるようになった。その結果、それまで秘書二人で宗像に同行していた各地への出張も刈谷の代わりに店町ひとりで同行する機会が増えた。店町は重要な業務を任されているという充実感と、会社の看板を背負っているという重責の中で忙しい日々を過ごした。
近頃の刈谷室長は他の部署に行くと言ってしばらく戻ってこないことが多い。いったいどこで何をしているのだろうか。店町は、ふと不思議に思うことがあった。
「今日から三日間経理部で税務調査があるから、店町君も少し立ち会ってくれるかな」
週明けの月曜に刈谷からそう聞かされて店町は状況を知った。刈谷はここ最近、税務調査の事前対応のために管理部のフロアに行っていたのである。
経理部には既に何名かの税務署員が来ていた。その場を仕切っていたのは経理部の責任者ではなく刈谷だった。刈谷は税務署員と妙に仲がいい。刈谷のほうから進んで資料を提示している。税務署員からの指摘や質問もほとんどない。三日間ともそんな様子で調査が進んだ。何ひとつ指摘事項はなかった。
「店町君。普通の税務調査はあんなに楽には終わらないよ。社長の人脈がすべてだよ」
宗像は確かに定期的に税務署長のところを訪問している。大蔵官僚の有力者と会食予定もこの先のスケジュールに入っている。まだ知らない世界の広がりを予感させる出来事に、店町は期待を膨らませた。
宗像社長のもとに優誠経営塾の新潟支部から講演依頼の連絡が入ったのは、税務調査の終わった数日後のことだった。まず講演依頼の書面が届き、そして秘書宛に電話が入った。講演日は十月の十五日、講演会場は新潟テルサとなっていた。新潟工場で製販会議が予定されている翌日であったため、宗像は講演依頼を快諾した。このようにして宗像のスケジュールは数ヶ月先まで確実にうまっていった。
九月の製販会議も宗像は往路に特急白鳥号を指定した。刈谷は今回も店町に任せて同行しないという。本社に残って刈谷室長はいったい何をしているのだろうか? 任された業務を少し余裕をもってこなせるようになりはじめていた店町は、刈谷の行動に違和感を感じるようになっていた。
白鳥号の中でまた宗像は店町の座る自由席車両に姿を見せた。
「もう五ヶ月になるんだねえ、店町君。ずいぶん慣れてきたでしょう」
「はい、何とか頑張ってます」
「毎朝、走っているんだって?」
「はい、学生時代にトライアスロンをやっていましたので、その頃の習慣で今でも走っているんです。でも、さすがに最近は毎日というのは無理です。今ではその頃ほど真剣にも走っていませんし」
宗像は頷きながら店町の話しを聞いている。
「なんでも続けるということは大切ですよ。継続は力なり、という言葉を聞いたことがあるでしょう。一年続けた習慣は三年保つことができる。三年続けた習慣は十年保つことができる。十年続けた習慣は三十年保つことができるのですよ。いい習慣を長く続ければ、それは人生の成功につながるのです。何かをはじめるということは大変です、でもそれを続けることはもっと大変なのです。ときに我慢が必要だろうし、忍耐力も試される。それをクリアできれば人生は成功できますよ、店町君」
宗像は成功という言葉を好んで使う。
「店町君はしっかりしているからいいけど、最近の男性は頼りなくなってるねぇ。情けない。毎年面接をしていると特に感じるけれど、最近は女性のほうがしっかりしている。男はなよなよしていて女性ははきはきしている。この調子だと、田丸君みたいなしっかりした女性がどんどん社会進出してきますよ。店町君も男の代表として頑張らないと、女性に追い越されてしまいますよ、ははは」
宗像が店町に話す内容の多くは、社長朝礼の延長線上にあるようなものであったが、店町ひとりに対するその話しには、人生の先輩としてのより幅広く奥深い教訓が含まれていた。
宗像が『環境』と『体質』、『女性の社会進出』といった話をした際、店町は自分が学んできた生命科学分野の自然法則がここにあてはまる、ということを考えた。
「社長。学部時代に、私、オオミジンコという微生物を実験動物として研究室で飼っていたことがあるのですが、名前の通りとても大きなミジンコです。一番大きなものだと体長四ミリにもなります。肉眼でもはっきり見える大きさなんです」
宗像がそうであるように、店町も熱心に話しはじめると、どことなく講演口調になる。
「もう微生物とはとても呼べない大きさなのです。そのオオミジンコというのは普段メスだけで増えるのですが、背中に卵を持って、卵が孵化したあとは、しばらく背中におんぶして子供を育てるのです。ミジンコの世界はオスがいなくても生きていける世界なのです。でも、ときどきオスも出現することがあります。メスの半分くらいの大きさなのですが、どういう状況のときにオスが出現するかといいますと、水質環境が極端に悪くなったときです。生きていくのに危険な状況になったときなのです。オスが現れて、交尾してメスは耐久卵という卵を二、三個産み落とします。普段の卵と違ってすごく丈夫な卵です。その耐久卵というのは、水が干上がってしまって何ヶ月経過しても、また水が戻れば子供が生まれる、環境の悪化にも耐えられるものなのです。生命の不思議のひとつだと思います。
ミジンコが住んでいる池の酸素濃度が低下するとどうなるかと言いますと、ミジンコが真っ赤になります。血液の中にあるヘモグロビンの量が増えて、低酸素下でも効率的に酸素を取り込めるように環境に合わせてミジンコの体質が変化するのです。オリンピック前にマラソン選手が酸素の薄い高地でトレーニングするのと同じ現象がミジンコの体の中でも起こるのです。逆に言えば、そういった動物の持つ適応能力を人間がスポーツに利用しているということなのです。人間の順応性は低いものですが、ミジンコの適応能力はものすごく高いです。人間でもそうですが、極端に環境を変化させるとミジンコは死んでしまいます。不思議なのは、極端に悪い環境、極端に酸素濃度の低い環境に適応した真っ赤なミジンコを通常の酸素濃度の水に戻すと、ほとんど死んでしまうのです。良い環境のはずなのに、生命体には楽な環境のはずなのにです。今でもこの点だけは私も不思議に思います」
研究の話になると、店町は相手が誰であろうと、ついつい熱弁をふるってしまう。店町は、ふと我に返り宗像が自分のほうを見て真剣に聴いていることに気が付いた。
「社長、失礼しました。ついつい熱くなってしまいまして」
「いゃー、いい話を聞いた。店町君。素晴らしいよ君は。今度の講演会で使わしてもらうよ、今の話」
店町が長く話していたせいもあって、今回の白鳥号で宗像は金沢駅を過ぎてもまだ店町の隣に座っていた。
店町が車窓から日本海を眺めていると、車内にアナウンスが流れた。宗像は店町の隣の席で手帳になにやらメモを取っていた。
「お客様にお願い申し上げます。ただいま、車内に急病人の方がいらっしゃいます。お客様の中にお医者様か看護婦の方がいらっしゃいましたら、二号車までお願いいたします」
店町たちが乗っている車両は八号車である。乗客は少なかったが、車内に緊張の空気が流れた。宗像も手帳から顔を上げて放送を気にしている様子である。しばらくしてまた同じ内容の放送が流れた。
同じ放送が三度流れて、それ以降はなくなった。列車は富山駅に停車して、再び静かに動きはじめた。
富山駅から乗車した乗客の検札のために、車掌が店町たちのいる八号車に入ってきた。車掌が宗像の横を通り過ぎたとき、宗像は車掌を呼び止めた。
「ちょっと、車掌さん」
車掌は振り向いて宗像の側に戻ってきた。手には発券機を持っている。
「はい。何か」
「さっき急病人の方がいましたよね。その方はいったいどうなったんでしょう」
「ええ、先ほどの富山駅から無事に病院に搬送されましたが」
「ちょっと、君。されましたが、じゃないでしょう。車内のお客さんたちはみんな心配しているんですよ。さっきの病人がどうなったのか、無事だったら無事と知らせるべきじゃないのか。それがプロとしての仕事というものでしょう」
表現こそ丁寧であったが、宗像は珍しく社員以外を叱った。目は真剣に怒っている。車掌は宗像に指摘されたことが意外だったらしく、少し驚いた顔をして「申し訳ございませんでした」を二度繰り返して車両を出て行った。
間もなくアナウンスが流れた。先ほどの急病人は富山駅から無事病院に搬送されていったことを知らせ、報告が遅れたことを詫びていた。
列車が新潟駅に近づいたあたりで、またその車掌が宗像のところにやってきた。宗像はグリーン車の指定席券を手にしていたが、ずっと店町の隣に座っていた。車掌は宗像に深々と頭を下げて礼を言っている。名前を聞こうとする車掌に対し、宗像は少し照れた様子の笑顔で断った。宗像は店町のほうを見て満足気な表情を浮かべた。
しばらくして店町はトイレに行くと言って席を立ち、四号車でその車掌を呼びとめた。そして、こっそり宗像の名刺を手渡した。
この新潟出張の翌週にもまた工場への出張予定が入っていた。今度は工場見学の対応である。毎年九月の後半に、地元小学校の児童を招いて工場見学会を開催するのがアランドリーの定例となっている。今回の出張で店町は、刈谷とともに宗像より先に飛行機で工場に入って準備にあたった。季節は既に初秋を迎えていた。
小学生が相手であったが宗像自らが説明者として児童の前に立った。仕事中にはほとんど見せない温かい笑顔で宗像は小学生たちに優しく語り掛けている。
勢い良くまわる水を背伸びして熱心に覗き込んでいる小学生たちの前で、宗像は作業着を脱いで洗濯槽の中へ放り込んだ。そして説明の途中、排水口からホースを抜いて床に置いた。
次の瞬間、洗濯機が『ガタッ』という音をたててホースから勢い良く水が流れ出してきた。
洗濯機を取り囲んでいた小学生たちは声をあげて飛びのいた。皆足元をぬらしながら宗像の悪戯心を喜んでいる。
「君たちのお母さんは、こんな風に床をびしょぬれにしてしまったことないかな」
こう語り掛ける宗像の表情は楽しそうである。
「僕のお母さん、二階に住む人からひどく怒られたことあるんだ」
ひとりの男の子が言うと、
「私ん家も何度もあるよ。髪の毛がたくさん詰まっていて流れが悪くなっていたんだって」と女の子が言った。
「そうだね。みんな困っているんだよ。それじゃあ、どうすればそのような事故は防げると思うかな」
「ホースをセメダインで止めればいい!」
「じゃあ、引越しのときはどうする?」
男の子は黙ってしまった。
「洗濯機を外に置けばいい、僕んところはそうしているよ」
「外に置けない家だったらどうするの?」と別の女の子が聞くと、
「外に置ける大きなお家に引越す」
この答えには、担任の先生を含め大人たちの間からも笑いが起こった。このクラスの担任の先生は、二十代半ばの細身の女性だった。社会見学とあって、普段教室では着ないような明るい色のワンピースを着ている。
「水を使わなきゃいいんだよ、水を」
宗像がこう答えると、児童たちはきょとんとした。
宗像は念押しするように「水を使わずに洋服がきれいにできればいいんだよ」と付け加えた。
「そんなことできるの?」
「今はまだ無理だけど、未来にはきっとできるだろうね。おじさんとこの会社は、そういう夢を実現する会社なんだよ」
子供たちの前で見せた宗像の表情は温かかった。子供たちは目を輝かせて聞いていた。宗像社長のような先生がたくさんいれば、日本の世の中はもっとよくなるだろうに、と店町は感想を抱いた。
児童の中に店町が気になる女の子がいた。皆の輪の外にいて、少し寂しい目をした女の子である。見学場所を移動する際に、宗像がその子に近づいてひとこと声をかけたが、その子は宗像のほうを一瞬ちらりと見ただけで、無表情なまま何も答えなかった。その幼い目には人を信用しない色が漂っているように店町には思えた。
