第8章 一流の条件
四月二十七日。アランドリーの新入社員たちが社会に出てはじめて給料を手にする日が来た。給与明細は各部署の責任者から課員に手渡される。刈谷は店町に明細を手渡す際にねぎらいの言葉を掛けた。
他の企業と比べてけっして多い給料ではなかったが、店町は貴重な経験をしながら給料までもらえるという恵まれた環境に深い満足を覚えた。
「今日の昼前に社長のご自宅に給料を届けに行くから、経理部に行って社長の給料を預かってきてくれ」刈谷は店町にそう指示した。
経理の担当者から店町が受け取った給料袋は分厚かった。間違いなく今まで店町が手にしたことのない額である。
宗像の自宅に給料を届けるのは給料日の午前十一時と決まっていた。店町がハンドルを握り、刈谷が助手席に座った。
宗像の住むマンションは、JR大阪環状線弁天町駅のバスターミナル横にそびえ立っていた。
「社長のご自宅は、あのビルの四十八階だ」
車を降りた店町は、ビルを見上げて五十階建ての高さに驚いた。セキュリティの堅強な玄関を入ると、吹き抜けの中央に噴水が見えた。店町は給料袋を大切に抱えて刈谷とエレベーターに乗った。エレベーターの乗り心地からも建物の新しさと高級感を感じる。
店町がインターホンを押すと「はい」という穏やかな声がした。刈谷が社長の給料を届けにあがった旨をインターホン越しに伝えると、しばらくして清楚な雰囲気の社長夫人がドアを開けた。
「あら、刈谷さん、お元気。こちらが新しい秘書の方?」
夫人は店町のほうを見て、優しく微笑んだ。宗像の人生を三十年以上支えてきた女性である。
「ええ。店の町と書いて、たなまち君といいます。若いですけど、結構しっかりしています」
「まぁ、珍しいお名前ね。いろいろと大変だろうけど、しっかりと頼むわね」
夫人は刈谷から給料袋を受け取って、店町が差し出した領収書に判子を押した。
エレベーターホールの窓から大阪市内の街並が光り輝いて見えていた。立体に交差する高速道路の上を車が流れている。一段下を並行して走る一般道は少し混み合っているようだった。
「ここから見える夜景は絶景だよ」
刈谷はエレベーターを待ちながら爽やかな笑顔を浮かべた。
二人の乗ったセンチュリーは大阪駅前ビルの正面を通り、新御堂筋を北上してアランドリービルへと戻った。
五月に入ると、店町は刈谷に同伴する形で社内会議に参加するようになった。その一つ目は、毎月第一週目の火曜日に開催される支店営業所会議だった。アランドリーの国内営業拠点は全国に十一ヶ所ある。そのすべての拠点から支店長や営業所長が集結するのである。議事録作成担当者として毎月会議に出席している刈谷への信頼はここでも厚かった。刈谷は会議がはじまる前に店町を紹介してまわった。
会議を仕切るのはやはり宗像だった。目標を達成できなかった支店、営業所の責任者に対して宗像は容赦なく声を荒げた。店町がそれまで見たことのない剣幕である。驚いた店町は刈谷のほうを見た。普段と変わらない顔をしている。会議の席で宗像が声を荒げるのは、どうやらいつものことのようである。仕事に手を抜くことを許さない宗像の性格がここに現れていた。決定権はすべて宗像にあり、アランドリーは宗像の考えそのもので動いている、そのことが支店営業所会議から読み取れた。
朝からはじまった会議は夕方まで続いた。鹿児島営業所の所長は、帰りの飛行機に乗るために少し早く帰っていった。
翌週になり、店町が少し楽しみにしていた会議が開催された。月に二回行われる開発会議である。宗像の夢を実現する製品がこの会議で生み出されているはずである。店町がこの会議を楽しみにしていたというのは少し前までのことで、実際、多忙な業務がはじまってからは、楽しみなどと言っている余裕は既に店町の中にはなくなっていた。
刈谷はこの会議にも毎回出席していた。記録担当こそ開発部内の人間だったが、刈谷は宗像が必要とする様々な資料を準備していた。求められずとも必要な資料を適切なタイミングで宗像に差し出すのである。店町の目に映る刈谷の姿に無駄な動きは一切なかった。宗像の考えを先読みしているかのような対応だった。刈谷は人に要求する前に、まず自分に対して常に厳しく、予想し得ない緊急の業務に対しても顔色ひとつ変えない柔軟性を持っていた。常に手帳を手放さず、どのような場でも純白のYシャツの上に着た背広を脱ぐことはなかった。
会議が休憩時間に入り、開発部門の先輩社員が店町のほうに近づいてきた。
「店町君、暑かったら上着を脱いでもいいんだよ」そう言う彼の顔は少しにやけている。
「おいおい、余計なこと教えるなよ」口を挟んだのは刈谷である。
「店町君。社長秘書としての勤務時間中に上着を脱いでは駄目だぞ。Yシャツの色も白色。休みの日でも必ず手帳を持ち歩け、そうでなかったらこんな男になってしまうぞ」
「そりゃないですよ、刈谷さん。冗談きついですよ。刈谷さんの下で働く店町君は大変だ。あぁ、厳しい、厳しい。店町君。大変だろうけど、刈谷さんみたいにできる男目指して頑張って」
彼は、まいった、まいったと言いながら席に戻っていった。
開発会議内で話し合われている内容は、製品の不具合対策についての話が大半を占めていた。宗像が描く製品からは、まだ程遠いものだった。その点で店町は少しがっかりしたが、製品は宗像の思いが込められて開発されているということは確かだった。
刈谷が作成した過去の会議議事録は社長室内の書棚に置いてある。店町は、宗像と刈谷が出張に出ている際にその書棚を整理することにした。刈谷から書籍の位置は変えてはいけないと言われているため、簡単に整理する程度であったが、店町にはもうひとつ別の目的があった。過去の議事録に目を通してアランドリーの全体像を早く把握するとともに、宗像が今までどのような本を手にして、現在のアランドリーを作り上げ、人の心を惹きつける人間的魅力を身に付けてきたのかを知りたいと考えていたのである。
書棚に並んでいる本は、経営に関するものから、歴史学、心理学、確立統計に関するものまで、ジャンルは幅広かった。中でも、K&Y会長・優誠経営塾塾長の米光会長の著書が何冊も並んでいるのが目に付いた。その横に経営講話のテープが十数本無造作に置かれていた。米光会長の講演テープである。面接の帰り際に店町が刈谷から手渡されたテープもそこに戻っていた。店町は米光会長のテープを数本持ち帰って聴いてみることにした。
はじめて耳にする米光会長の話は、店町の心に深く染み渡り、また新たな感動を与えた。宗像の教えは、米光会長によるものだということを店町はそのテープを通して知った。その日以降、店町は社長室からこっそりとテープを持ち帰り、米光会長の講演テープを毎晩繰り返し聴いた。
五月の後半になり、店町が宗像に同行するはじめての出張機会が訪れた。新潟工場で行われる製販会議である。刈谷は本社に残って別の業務にあたるため、店町ひとりでの同行となった。
飛行機を利用すれば新潟工場まで三時間弱で移動することができるが、宗像はよほどのことがない限り、往路か復路のどちらかに必ず特急白鳥号を利用する。白鳥号だと移動に七時間以上かかる。そのことを刈谷から聞かされた店町は、かつて宗像が講演会で語っていたエピソードを思い出した。宗像が故郷を離れて大阪に出てきたときに乗った列車が特急白鳥号である。多忙な社長が時間的不便さを差し置いてでも乗りたいという思いがそこにあるのだろう。
今回の出張は往路に特急白鳥号を利用する。新大阪駅発車時刻は、午前十時十六分。新潟駅到着予定時刻は午後四時二十分過ぎである。製販会議の開始時刻は午後五時三十分に設定されていた。
新大阪駅十二番ホーム、グリーン車が止まる位置で店町は社長の鞄を大切に抱えて白鳥号の到着を待った。宗像は日経新聞を立て折りにして読んでいる。列車が到着すると店町は宗像とともにグリーン車両に乗り込んで鞄を宗像の席の棚の上に置いた。そして自らは普通車両の自席へと移動した。
乗客はまばらだった。これから六時間以上の長旅である。店町は鞄の中から手帳と一冊の本を取り出した。新大阪駅を定刻に出発して京都駅に近づいたあたりで、店町の車両に突然宗像が姿を現した。
「社長、どうかなさいましたか?」
宗像の姿を見て店町はすぐに席から立ち上がった。
「いや、座ってていいよ。せっかくの機会だから、マンツーマンで社長朝礼の続きをしようと思ってね」
多忙な宗像との面談の時間が設定できずに困っている社員が多い中、店町の境遇は恵まれている。
「この特急白鳥号はね……」
店町が宗像の口から直接白鳥号の話を聞くのははじめてだった。
「社長は、出張にバスを利用されないと刈谷さんから伺ったことがあるのですが、どうしてなのですか?」
宗像からどのような答えが返ってくるかおおよその予想はあったが、店町はあえて素朴な疑問として宗像に聞いた。すると宗像からは少し違った答えが返ってきた。
「店町君。一流の条件は何だかわかるかな」
「一流の、条件。ですか」
店町がとっさに返答できない質問だった。
店町が答えに窮していると、宗像は続けた。
「いつでも準備ができているか、ってことだよ。今の質問に君はすぐに答えられなかったでしょう。刈谷君ならどう答えただろうね。チャンスはいつ訪れるかわからない。急に訪れるチャンスをものにできるかどうかで成功できるかどうかが決まるんだよ」
刈谷は仕事に手を抜くことがない。誰の目にもそう映っている。空港で社長を出迎える際も、朝の迎えの際にもタイミングを逃すことはない。刈谷は常に準備ができているのである。
宗像はさらに続けた。
「準備ができていなくてチャンスを取りこぼすだけならまだいい。危機というのもいつ訪れるかわからない。準備ができていなかったら、一生を棒に振ることだってあるんだよ」
刈谷の下で働きはじめてしばらくの間、過剰にも思える刈谷の行動に理解できない戸惑いがあったが、宗像が話したこの説明で納得できたような気がした。
「それと。一流の条件はもうひとつあってね、これもとても重要なことなんだ。企業人として成功しているほとんどの人が気付いていることなんだけど、潜在意識を使いこなせるかどうか、ということなんだ。ほら、『念ずれば通ずる』とか『人事を尽くして天命を待つ』『果報は寝て待て』っていう言葉があるでしょう、表現こそ違うけれど、これはすべて同じことを意味しているんですよ。意識の高い人は寝ていても頭の中で仕事をしているし、夢を追いかけているんです。いくら睡眠時間を削って働いても、潜在意識をうまく使いこなしている人には勝てないですよ。絶対に」
宗像は、最後の「絶対に」という言葉に少し力を込めた。
宗像の話は店町の質問の答えへと続いた。
「一度なくした信頼は取り戻すのに三倍以上労力かがかかる。時間に関してはそれ以上だろうね。バスは時間に不正確だから、仕事の上ではできればあまり使いたくない。商談の際も、今でこそ来訪を受けることが多くなったけれど、訪問の際には必ず早めに現地に入るように心掛けているんですよ、私は。だから今の立場がある。時間に不真面目だと、いつか必ず大きな壁にぶち当たる。もしそうでないとしても、必ず人を悲しませることになる。これは確かなことだよ、店町君。たとえ徹夜して働く気概があったとしても、朝の私の朝礼に一分一秒でも遅れたとしたら、私は認めない。評価はゼロに等しい。店町君も一分一秒の大切さを常に心掛けておいたほうがいいよ。君の行動を見ていると何も今さら言うことではないだろうけれどね」と宗像は笑った。
福井駅が近づいたあたりで宗像はグリーン車両へと戻っていった。
金沢駅を過ぎると、左手には日本海の眺めが広がった。ここから新潟までは、まだまだ遠い。ようやく長い旅路の半分である。店町ははじめて目にする土地の景色を車窓から眺めて時間を過ごした。
新潟駅が近づくと、店町は宗像のいるグリーン車両に移動した。鞄を預かるためである。宗像は手帳を開いて何やら真剣にメモ書きをしていた。店町の目に入ったのは、洗濯機のデザイン図のようだった。
新潟駅前には工場からの迎えの車が待っていた。工場長が直々にプレジデントを運転して宗像を迎えに来ていた。その車は、センチュリーの前に宗像が乗っていた車だということを店町は刈谷から聞いていた。なにわナンバーの車は駅前でひときわ目立っていた。
工場長は何のためらいもなく店町にキーを手渡した。
運転席に乗り込んだ店町は戸惑った。ハンドルとシートが妙に離れている。離れ過ぎているのである。店町がキーをまわすと、ハンドルとシートが自動で動き出して正しい位置に止まった。センチュリーとは勝手が違う。アクセルを踏むと、車体はグンと沈み込んだ。いかにも加速のよさそうな乗り味である。助手席に座る工場長の案内に従って、店町は工場まで車を走らせた。
店町にとって一ヶ月ぶりの新潟工場である。入社研修を受けたのが数日前のことであったかのように、店町はそのときのことを克明に記憶していた。
他の出席者たちは飛行機で移動して先に待機していたため、製販会議は宗像の到着とともにすぐにはじまった。会議は夜中十二時過ぎまで続いた。店町は長時間の移動と慣れない会議で疲れていた。社長の年齢で、どこにそれだけのパワーが存在しているのだろうか。店町は驚きを越えて不思議にさえ感じた。
店町は朝のジョギングの回数を半分に減らすようになっていた。睡眠時間を増やして日々の体力を温存しておくほうが優先だと考えたからである。移動空間で眠ることが苦手な店町であったが、帰りの飛行機の中では、宗像から離れた席で少し眠ることができた。
工場出張から戻った二日後が入社して二度目の給料日だった。今月からは社長の給与を店町ひとりで届けることになっている。店町は刈谷に教わった道を通って弁天町にある超高層マンションへと向かった。
正面玄関のインターホンで部屋番号を押すと、
「どうぞ」と夫人の声が聞こえて、ロビーに続く自動扉が開いた。
四十八階に向かうエレベーターの速度が速い。
扉のインターホンを押すと、ゆっくりと扉が開いて社長夫人が顔をのぞかせた。
「店町さん。お仕事、慣れたかしら?」
「はい。まだまだですが、何とか慣れてきました」
店町が給料袋を差し出すと、夫人はこう言った。
「ちょっと店町さん。お金ちゃんとあるか数えてもらえるかしら」
四月に刈谷と一緒に届けた際には言われなかった言葉である。店町は給料袋の封を開けた。百枚以上ある一万円札と、半端な小銭が中に見えた。店町はこのような大金を今まで数えたことがない。
夫人が見守る中、店町はお金を数えた。店町の手つきはおぼつかない。
「あら、お金数えるのはじめて? 刈谷さんに教わらなかったの。彼すごいのよ」
店町の額に汗がにじみ出た。何枚まで数えたかわからなくなり、店町は何度も数えなおした。
刈谷室長と違って自分はまだ社長の奥様から信用されていない。店町はその悔しさと、要求されたことがスムーズにこなせない自分にもどかしさを覚えた。
「えらく遅かったな。道でも込んでたか」
「いえ、奥様にお金を数えるように言われまして」
「ははは、そうか。先に練習しておけばよかったな」
刈谷は引き出しから過去のスケジュールで埋まった手帳のレリーフを取り出して、店町の前で数えて見せた。
刈谷が数える手つきは見事だった。思いがけないこの特技も、驚きを何度も目にしている店町には当たり前のことにさえ感じるようになっていた。その夜、店町は宗像の自宅に給料を届けに行く夢を見た。六月の給料日に備えて、店町はひそかにお札を数える練習をはじめた。
入社から二ヶ月が経過し、店町も少しは秘書業務に慣れてきた。相変らず突発的な業務も多く、その対応には刈谷よりも少し時間を要したが、店町の仕事ぶりは入社当初よりも確実に進歩していた。業務の中には苦手なものもいくつか存在していた。中でも店町が特にてこずっていたのは朝礼記録のテープ起こしの業務だった。宗像は講演慣れしているということもあって、毎週月曜の全体朝礼で一時間近く話す。その記録をテープから文書記録にすべて起こすのである。一回あたりA4用紙で十枚弱の分量になる。限られた時間で文体を調整しながらの入力は困難を極めた。刈谷はブラインドタッチで、まるで同時通訳するかのように手際よく入力していく。店町にはそれができなかった。入力が間に合わず、何度もテープを巻き戻しながら入力しなおす必要があった。このテープ起こしの仕事は、結果として店町の宗像に対する忠誠心をより高める結果となった。宗像の夢、会社の掲げる目標、仕事に対する情熱、宗像の想いを何度も繰り返し聴くことによって、言葉が店町の心に深く浸透したのである。宗像の話を何度も繰り返し聞くことのできる境遇に、店町は一種の喜びを見出したのだった。
主要業務の合間に時間を見つけてテープ起こしを進めていると、一回分の入力が完了したかと思うとまたすぐに翌週の月曜が訪れた。そのような繰り返しの中で店町は社長秘書としての仕事を身に付けていった。
店町にとって楽しみな日が来た。六月の給与支給日である。店町はこの日のために、お札を数える練習を積んでいた。刈谷ほどではなかったが、研修を終えた銀行員並みにお金を数えられるレベルまで上達していた。
社封筒に入れた給料袋を大切に抱えて店町は社長自宅マンションのエレベーターに乗った。天井にはセキュリティカメラが取り付けられている。前の月とは違い、周りを観察する余裕が店町の中に生まれていた。
インターホンを押してしばらくすると鍵を開ける音がしてドアが開いた。夫人は落ち着いた色の外出着を着ている。このあと出かける様子である。
「店町さん。ご苦労様、受け取りの判子が必要よね」
店町は手際よく社封筒から給料袋と領収書を取り出して夫人に手渡した。
店町は、ある言葉を期待して待っていた。先月言われた「お金数えてくれるかしら」という言葉である。
夫人はその言葉を言わなかった。「どうもありがとう」とだけ言って、領収書にあっさりと判子を押したのである。店町は丁寧に挨拶をしてドアを閉めた。自分が努力した成果を披露できないというもどかしさが店町の中に残った。
受け取った領収書を手にして、店町はエレベーターホールへ向かった。
「ちょっと、店町さん。待って」
背中から呼び止める声がした。社長夫人が給料袋を手にしたまま店町を追いかけてこようとしていた。
「お渡ししないといけないものがあったのよ」
店町が慌てて戻ると、夫人は給料袋を下駄箱の上に無造作に置いて奥の部屋に入っていった。下駄箱の上には石を彫刻して作った置物が置かれている。その上には額縁に入った小さめの油絵が飾られていた。
しばらくして夫人は細長い箱を手にして出てきた。
「これね、贈り物でいただいたネクタイなんだけどね、主人が店町さんにプレゼントするようにって。主人、あなたのこととても気に入っているみたいよ。とても優秀だって、照れくさいかなんだか直接言わないみたいだけど、私にはそう言ってたわよ」
自分に対する社長の評価が夫人にまで伝わっている。店町はさっき感じた悔しさを忘れ、喜びを覚えた。エリートコースを着実に歩みはじめた自分を誇り高く思った。
箱の中には品物の価値以上に大切な何かが入っている。その想いを胸に店町はマンションを出た。
店町の進路を変えるきっかけとなった放射性物質散布事件からちょうど一年になる。あの日と同じ季節とはとても思えないほど空は晴れ渡り、照りつける太陽の陽射しがまぶしかった。
黒塗りのセンチュリーの車内はとても暑くなっていた。革のシートが背中に熱い。信号待ちで停車するたび店町は助手席に置いた箱を見つめた。
仕事を終えて自宅に帰った店町は、待ちきれない様子で鞄の中からプレゼントを取り出した。エルメスの箱を開けると青地に小さくグレーの小動物がデザインされた細手のネクタイが入っていた。
店町は鏡の前で自分の胸元にそのネクタイをあててみた。シルクの手触りがとてもいい。店町はネクタイ掛けの一番前にそのネクタイを掛けた。両脇の白いYシャツの真ん中でそのネクタイの青色は映えていた。
翌朝、店町はエレベーターの前で宗像に礼を言った。
「良く似合ってるよ」
宗像も満足気な顔をした。社長は自分のことを認めてくれている。その安心感が店町の心の充実を色濃くした。充実感の伴う緊張感は、店町の仕事ぶりにいい影響を与えた。刈谷も重要な仕事の一部を店町に任せるようになっている。
七月も半ばに差し掛かり、お中元が届く時期になると、また新しい業務がひとつ増えた。社長宛に届いたお中元に対するお礼状を書くのである。受け取った送り状の束の中に、品名の欄にネクタイと書かれたものが一枚あった。日付は、六月二十五日とある。店町にプレゼントされたネクタイは、一足早く届いたお中元の品だったようである。店町はその送り主に対して、ひときわ心を込めてお礼状を書いた。宗像はすべての文面に目を通し、一枚一枚に丁寧な署名を入れた。
「店町君は文章がうまいですね。お礼状に関しては既に刈谷君以上かも知れません。文章に心がこもっている。この才能は、自分ひとりの中だけにとどめてしまってはいけませんよ。社会のために使いなさい。才能はそのために与えられたものですからね」
刈谷のいる場で社長は店町のことを手放しにほめた。刈谷は表情ひとつ変えずにそこに立っていた。
宗像は礼状を欠かさなかった。礼儀礼節を重んじる習慣のようだった。
秘書業務には文書作成がつきものである。会議議事録、朝礼記録、そして手紙の作成。刈谷はその日以来、文書作成業務の大半を店町に任せるようになった。仕事に慣れるとともに、店町に与えられる業務の量も加速度的に増していた。手を休めている間がほとんどない状態になっていた。昼食を食べながらパソコンのキーをたたき続ける日々が続いた。
店町が出席する会議が二つ増えた。特許会議と取締役会である。どちらも記録担当として気の抜けない立場での参加となる。
特許会議の場では、競合他社製品との特許侵害問題が話題に上がっていた。店町が入社する数年前にOEM供給(相手先ブランド製品供給)していたドラム式洗濯機製品の技術が後に自社開発をはじめた供給先メーカーの栄陽電機から侵害されたというものだった。
製品の即刻出荷停止と損害賠償請求も辞さないという内容で相手先に警告書を送り付けるという結論でその日の会議は終了した。
「店町君。今日の特許会議の内容で、栄陽電機に警告文書を作成してくれるかね。来週末まででいいから」
宗像からのこの指示に対して店町はとっさに「はい」と答えたが、しばらくして後悔した。頼まれごとを断れない店町の性格と、宗像に対する忠誠心の高さとが店町に反射的に二つ返事をさせてしまった。到底できそうにない仕事でも宗像からの指示であれば断ることなどありえない、そういったものが既に店町の中に備わっていた。毎朝の社長朝礼と、全体朝礼のテープ起こしを繰り返すうちに店町の中に宗像に対する強い尊敬の念から派生した忠誠心が根付きはじめていたのである。
店町はまだ製品に対する技術的理解に乏しい。まして特許関連技術となるとなおさらである。店町は技術関係者から情報を集め、特許関連資料にも目を通した。土日には技術開発フロアに入り浸って競合製品を分解しての検証にも立ち会った。
店町は警告文の中に、ものづくりに対する宗像の姿勢、知的財産権に対する考え方、信義誠実な取り引きを望むという会社方針をも含めて警告書を完成させた。
店町が期限二日前に宗像にその回答文の確認を求めると、宗像は店町の前で何度か読み返して、内容に修正を加えることなく了承した。
「よくできている。頼もしい、私の考えをよくまとめてくれている」
店町が書いた文面は、宗像が望んでいたものと合致していた。代表取締役名の下に宗像は自筆の署名を入れて店町に手渡した。店町はその日のうちに、配達記録付きの内容証明郵便でその書面を発送した。
