第10章 秘書業務マニュアル
工場見学の出張から戻ってしばらくすると、JR東日本のロゴの入った一通の封書が宗像宛に届いた。宗像が車内で叱った車掌からのお礼の手紙だった。店町からその手紙を受け取った宗像は、うれしそうな表情を浮かべた。
「それにしても彼は、よく私のことがわかったねぇ。そうなんですよ。仕事に対して手を抜いては駄目なんです。ときに厳しさも必要なんです。それが人間としての優しさなのです。そうして人間社会にいい循環が生まれるのです。店町君。今回のことでよくわかったでしょう」
店町は、自分が車掌に名刺を渡しておいたことで宗像を喜ばせることができたという秘密の事実に、ささやかな満足を覚えた。
その翌日、海外事業部のメンバーがグループミーティングで席をはずしている際、刈谷が店町に分厚いファイルを手渡した。表紙には、『秘書業務マニュアル』と書いてあった。
「俺、今月で辞めるから」
「何をですか?」
店町は刈谷の言葉の意味を瞬時には理解できなかった。
「今月で会社辞めるから」
「えっ……」
店町はファイルを手にしたまま言葉を失った。
「一身上の都合、ってやつ」
「はぁ……」
「これからの秘書業務の内容とか、気を付けるべきこととか、全部そのファイルに書いてあるから、もう俺がいなくても店町君だったら大丈夫だと思うから」
刈谷の顔を見つめたまま店町は驚いた顔で固まっている。店町は無意識のうち頭の中で、刈谷がいないこれからの過酷な秘書業務のことを想像していた。
「困ります」
店町の口から出た言葉に対して刈谷は、軽く笑って答えた。
「店町君だったら大丈夫」
「次の仕事はお決まりなんですか?」
「まぁ、そうだな。東京にある外資系の会社」
「社長は何と」
「あぁそうか、って言われたよ」
店町はとっさに、刈谷のこの答えは嘘だと思った。宗像社長が刈谷をそう簡単に手放すはずがない。心から信頼している番頭を、あぁそうか、の一言で退職させるはずがない。
「ヘッドハンティングか何かですか?」
「いや、そんな格好いいもんじゃないよ。自由応募、自由応募」
刈谷の言葉のいったいどこまでが本当のことなのか店町にはわからなかった。
海外事業部のメンバーが戻ってきたのを見て、刈谷は「まだ、誰にも……」と店町に言い残して秘書室から出て行った。
店町は手渡された分厚いマニュアルを開いた。目次の記されたページに目がとまった。几帳面な刈谷らしく、章立てからきっちりとされている。マニュアルは十章から構成されていて、最終ページは一五〇頁となっていた。裏表紙のポケットには、宗像の経歴書面がはさまれている。目次ページの前に、もう一枚あった。そのページにはタイトルの下にいくつか名言めいた言葉が書き記されていた。
『謙虚にして驕らず、さらに努力を』 (K&Y 米光会長)
『全体的破滅を避けるという目標は、他の
あらゆる目標に優先しなければならない』 (アインシュタイン)
『チャンスは心構えのある者を好む』 (パスツール)
『秘書たるもの、社長の視界を遮るべからず』 (刈谷)
一つ目に記されている米光会長の言葉は、店町が毎朝目にしている言葉だった。社長朝礼で店町が座る真正面の壁に掲げられた額縁に入れられている言葉だったのである。
「今月末までということは、あと一週間ですか」
「いや、明日が最後」
「えっ、明日。ですか……」
「そう」
「じゃ、明後日からの私の仕事はどうなるのですか」
「大丈夫。店町君だったら大丈夫だよ。社長も頼りにしているし。それに、既に決まっている予定の進め方については全部マニュアルの中に詳しく書いておいたから」
店町が何を言っても状況が変わるわけではなかった。その日刈谷は、店町を残して定時終了のベルとともに帰っていった。
「今日、刈谷さん帰るのずいぶん早いよね。何かあるのかな。店町君、知ってる?」
「さぁ、わからないですねえ。宅配便が届くとかじゃないですか」
「もしかしたらそうかもね。刈谷さんってひとり暮らしだもんね。さすが、店町君。上司の行動はすべてお見通しってわけだ」
周りの様子からも、刈谷が辞めるということをまだ誰も知らないようである。重要人物が退職する際には盛大な送別会が開催されるものだと考えていた店町は、刈谷の唐突な発言と行動にすっきりしない何かを感じた。
翌朝、刈谷は始業時刻直前に出社してきてデスクの荷物を片付けはじめた。前日の早い退社といい、翌朝の遅い出社といい誰の目にも刈谷の行動が不自然に映った。我慢できない様子で山田が言った。
「刈谷室長。どうされたのですか? まるで退職されるような荷物のまとめ方じゃないですか」
「そう。あとで話そうと思っていたのですが、私は今日でアランドリーを辞めます。正式には今月末まで雇用契約が継続しますが、私がここに来るのは今日が最後です」
「えっ、マジですか」
「どうして」
北野もパソコンのキーを打つ手を止めて驚きの声をあげた。顧小燕ともうひとりの女性社員もあっけに取られて刈谷のほうを見ている。前日にその事実を知らされていた店町は複雑な表情を浮かべていた。
「下の階から挨拶に行ってきますから、このフロアの皆さんには最後に改めて挨拶しますから」
刈谷はそう言い残して秘書室を出ていった。いつも手にしていた革の手帳はデスクの上に置いたままだった。刈谷は下の階に下りるのにエレベーターを利用した。
刈谷の決心を聞いた各階では驚きの声があがった。社内の誰からも信頼されている刈谷の挨拶は長くかかった。ましてや今日が最後で会社を去るという話だったからなおさらだった。
店町が社長の処理済書類を七階の管理本部に届けに行くと、そこに刈谷がいた。
「どういうことですか、刈谷さん、困ります。会社の仕組みを刈谷さんだってよくご存知でしょう。どうして人事部を通らずに社長決済で刈谷さんのような重要人物の人事が決まるのですか、しかも今日で退職だなんて」
刈谷に向かって人事部長が声を大きくしていた。
「社長には、ちゃんと一ヶ月前に申し入れしましたよ。辞職願も受理していただいていますし。私の直属の上司、担当役員といったら社長なのですから、社長から人事部に話がなかったのだったら、それはそういう社長の意向なんでしょう。私が辞めることは手続上なんの問題もないと思いますよ」
「困ったなぁ……」
人事部長は漏らすようにつぶやいた。周りにいる社員たちは二人のやり取りを静かに見守っていた。人事課長代理の小竹は、ことの次第をまだよく理解できていない様子である。
「今後の社長秘書業務はどうなるのですか。店町さんはまだ入社して半年ですよ。正式な引継ぎも必要でしょうし」
「それなら大丈夫です。彼はしっかりしていますし、既に引継ぎも完了していますし。なぁ、店町」
総務部のほうに立っていた店町に向かって刈谷が声を掛けた。
「ええ、まぁ。でも……」
「昨日、マニュアルを渡したでしょう。あれさえあれば、店町君だったら大丈夫」刈谷はそう言って笑った。
店町は書類の配付を終えて刈谷よりも先に最上階に戻った。
人事部長ですら刈谷の退職のことを当日まで知らなかったとは……。店町が感じていた違和感はさらに大きなものとなった。
各フロアでの挨拶を終えて刈谷が最上階に戻ってきたのは、お昼休みの十分前だった。最上階のメンバーは席から立ち上がって刈谷を迎えた。刈谷はひとりずつに短く丁寧に挨拶をして頭を下げた。そして最後に店町に握手を求めて、「よろしく頼むよ」と言った。店町に向けられた刈谷の表情は心なしか寂しげだった。
そして刈谷は紙袋の荷物を手に秘書室をあとにした。昼休みに社長と鉢合わせするのをまるで避けるかのような去り方だった。
刈谷が去ったあと、フロアの空気は物足りなさに包まれていた。
店町は、刈谷が使っていたデスクに目をやった。閉じられたノートパソコンと電話機がそこにある。電話機は少しゆがんで置かれ、受話器をつなぐ伸縮コードが少しよじれていた。
それを見た店町は、刈谷室長らしくないな、いったいどうしたのだろうと思った。そして受話器を手にとって電話線のよじれをなおした。
刈谷が店町のために残していった秘書マニュアルには、店町自身も驚くほど明確に、店町の入社以来の行動と、これから注意すべき点、各取引先の特徴といった情報がこと細かく書き記されていた。
ここ数ヶ月は店町も秘書業務のほとんどに携わっていたため、刈谷が去ったあとの業務にもそれほど困らなかったが、繰り返される取引先からの「刈谷さんはどうしてお辞めになられたのですか」という質問に店町は困惑した。
刈谷がアランドリーを去って三週間ほど過ぎたある日、水色の封筒に入った一通の手紙が宗像宛に届いた。封筒に差出人は記されていなかった。消印は新潟西郵便局となっていた。工場のある新潟からの手紙は取引先からのものである場合が多いため、店町はそれまでのように中身を確認してから宗像にまわすことにした。
二枚の便箋と同封されていた一枚の写真に目が止まった。海をバックにして三人が写っている。宗像の両隣に写っているのは、工場見学のときにいた女の子とその先生だった。日付は工場見学翌日の土曜日のものだった。
店町は手紙の文面に目を移した。取引先からの手紙でなかったため読むべきではないと感じたが、店町は興味を抑えることができなかった。
宗像社長さま。
内野小学校から見える山の景色は、少し赤く色づき、季節の移り変わりを感じます。工場見学の日から一ヶ月が過ぎました。まだ暑かったあの日が嘘のように、新潟はもうすっかり秋です。
工場見学の際にはお忙しい中、私たちを温かく迎えてくださり、また社長様自ら児童たちの説明に立っていただきありがとうございました。
工場見学の日以降、図工の時間には、みんなそろって洗濯機の絵を描きます。普段おとなしかった子たちも今では水飲み場で足元に水を掛け合う『洗濯機ゲーム』という遊びを楽しんでいます。
それと、宗像社長さまにいちばんお礼申し上げたいのは、このみちゃんのことです。お休みの日にもかかわらず、私のわがままにお付き合いいただき、なんとお礼申し上げればよいかと言葉も見つかりません。
あの日から、このみちゃんはすっかり元気になりました。周りのみんなとも仲良くしています。これも社長さまの温かい心に接することができたからだと思います。私自身も子供たちのことで思い悩むことも多くありますが、社長さまのお話を伺って、もっともっと頑張らなければ、という気持ちになりました。
あの日海辺で一緒に撮ってくださった写真を同封いたします。
かしこ
感謝を込めて
平成十一年 十月 上野 行子
自分が仕えている宗像という人物は、とても温かい心を持っている。店町はもう一度写真を手に取り、海をバックに笑顔で写る三人の姿を眺めた。
店町は宗像のデスクにその封書を置いた。
いつもなら数日内に宗像から声が掛かり、お礼状に対する返事を書くようにと指示を受けるのだったが、その手紙に対して特に指示はなかった。宗像がどのようにコメントするか店町は興味があったが、刈谷なきあとの秘書業務は多忙を極め、店町はいつの間にかその手紙のことを忘れた。
栄陽電機との特許問題に新たな動きが見られた。先方からアランドリーにアイデア使用料支払いの申し入れがあったのである。ロイヤリティーの額は五千万円。アランドリーにとって申し分のない額だった。長期戦を覚悟していたアランドリー側の関係者にとってこれは朗報だった。七月に出した警告書以降、たびたび栄陽電機の幹部が宗像のもとを訪れたが、宗像は先方の提案をことごとく跳ね除け、強気で挑んでいた。大きな声が響き、テーブルをたたく音がドア越しに聞こえてくることが何度もあった。
最終的に先方にロイヤリティー支払いを決断させたのは、アランドリーが要求した回答期限に先方が回答できなかった点を鋭く突いた宗像の一言だった。
「期日の約束を守るというのはビジネスとして最低限のことでしょう。ましてや何千万というお金が動く話ですから。どうでしょう、今回の件は七千万円ということで」
こう提案した宗像の声は、凄みを帯びて妙に落ち着いていた。
特許問題の一件をはじめとして、アランドリーは新製品のヒットも順調に売上を伸ばし追い風の中にあった。
宗像は会食に出かけることも多くなっていた。仲のいい経営者たちと夕食を囲み、積極的に情報交換を行うのである。店町は後部座席に社長を乗せて北新地、宗右衛門町といった快楽街に週に何度か車を乗りつけた。細い路地では、静かなエンジン音に気付かない歩行者がいたが、センチュリーの姿に気付いて慌てて進路を空ける人たちの様子を見て店町は少し楽しんでいた。
宗像を店の前で降ろしたあとは、弁天町の社長宅に車を届けて店町は電車で会社へと戻った。宗像は会食の翌朝も出社時刻に遅れることなく疲れた顔ひとつ見せず姿を現した。それゆえ店町は仕事に手を抜くことができなかった。宗像の行動のすべて、発言のすべてが尊敬すべきものだったからである。その背中を見て店町は仕事社会の様々なことを学んでいった。
店町には高級車を運転して乗りつける喜びを感じる場所がもうひとつあった。高級ホテルである。宗像はいくつかの団体で役員を務めているということもあり、講演会やパーティに招待されることが多い。その会場のほとんどは有名ホテルである。ある代議士の政治資金パーティに宗像を送るために訪れたホテルは店町にとって印象深かいものだった。
店町は新御堂筋線を南下して、会場のザ・リッツカールトンホテル大阪へと車を走らせた。宗像の指示に従って道路を左折し、少し奥まったホテルのエントランスに進み車寄せのアプローチへと近づいた。立派な木製の扉の前に正装したドアマンが二人立っている。車が近づくと、ドアマンはナンバープレートにちらりと目を向け、そして深々と頭を下げて店町の運転する車を迎え入れた。店町が車を止めると、ドアマンのひとりがスムーズな身のこなしで近づき、後部座席のドアに手を伸ばした。
「いらっしゃいませ、宗像様」
刈谷のそれとはまた少し違った丁寧な対応だった。後部座席の窓はスモークガラスになっているため、外から中の様子を伺い知ることができない。ドアマンはナンバープレートを一目見て来訪客の予測を付けて後部座席のドアを開いたのである。世界的に評価されているというリッツ・カールトンのサービスの一端を店町は目にした。
店町の車の後からも黒塗りの高級車が続々と入って来る。店町は車を地下の駐車場には入れず、ロータリー脇のスペースに止めて宗像の戻りを待つことにした。パーティは二時間半予定されていたが、宗像は代議士に挨拶だけ済ませて早めに戻ってくることになっていた。
店町は車の脇に立って玄関のほうを注目して待っていた。最高のサービスを提供する一流のホテルで、一流の人間に仕える秘書として最高の仕事を提供しようと店町は気を引き締めて姿勢正しく立っていた。
一時間ほど経過したとき、ドアマンが店町のほうに軽く合図した。どうやら宗像が間もなく出てくるようである。店町は素早く運転席に乗り込んで、アプローチに車をまわした。店町が車を止めたのとほぼ同時にドアマンが玄関の扉を開き、紙袋を提げた宗像が姿を現した。店町はこのホテルのドアマンたちの洗練された仕事ぶりを目にして、自分が秘書としてこの先身に付けていくべき大切な何かを感じ取ったのだった。
このパーティの二週間後にまた別の代議士のパーティが開催された。今回は宗像に急な出張が入ったため、店町が代理として出席することになった。会場は帝国ホテルである。アルコールを口にするため店町は移動に電車を利用して会場に入った。
氷で作った大きな彫刻の周りに豪勢な料理が飾り付けられている。他の出席者たちよりも圧倒的に若い店町の姿は目立っていた。店町に話し掛けてくる人物は誰もいない。店町のほうから話し掛けることのできる人物もそこにはいなかった。店町は代議士の講演を聞いたあと、目の前の料理を黙々と食べながら、代議士の周囲に集まる人たちを遠巻きに見ていた。周りの出席者たちは、若い店町のほうをちらりと見るものの、特段気にとめる様子も無く歓談を続けていた。
せっかくだから代議士先生にご挨拶だけはしておこう。そう考えた店町は、名刺入れを手に近づくタイミングを伺った。代議士の周りには人だかりができていて店町はなかなか近づくことができない。その様子を見ていたひとりの男性が店町に声を掛けてきた。
「失礼ですが、どちら様でしたでしょうか?」
「あ、はい。アランドリーの店町と申しまして、社長の宗像の秘書をしております」
「ああ、失礼しました。これは、これは、宗像社長の。私、代議士の第一秘書をしております水木と申します。いつも宗像社長にはお世話になっておりまして。先生、宗像社長の秘書の方がお見えですよ、先生」
第一秘書が代議士に声を掛けると、代議士はワイングラスを手に歓談の輪の中から出てきた。店町は緊張した。急な代理出席であったため、この代議士がどういう人物であるのか、宗像とどの程度親しいのかといった情報をまったく知らなかったからである。
「宗ちゃんは元気でやってるかね」
代議士は店町の名刺を受け取りながら宗像のことを親しげに呼んだ。店町が予想していた以上に二人は親しい関係にあるらしかった。
「また困ったことがあったらいつでも言ってこいと伝えておいてくれや」
店町の後ろには、挨拶の機会を伺っている人たちが何名か待機していた。
店町は受け取った名刺を大切にしまって少し早めに会場をあとにした。一仕事終えた気分で店町は電車に乗った。宗像の秘書として政治家に親しく口を利いてもらえたというこの経験は、店町の中に一種の興奮としてしばらく留まった。
その後、宗像はヨーロッパの代理店社長が来日した際に商談場所としてリッツ・カールトンホテルのスウィートルームを指定したことがあった。その部屋で夕食を兼ねた打ち合わせが行われたのである。二十三階にあるその部屋は、ベッドルームとリビングがドアで仕切られていて、古きよき時代のアメリカ合衆国の面影を残した家具類で飾られていた。大きな白いテーブルを挟んで、アランドリー側からは宗像と取締役三名が席に着き、代理店側からは社長、販売担当役員そしてセールスマネージャーが参加した。末席に座る店町の隣に貿易会社の通訳担当者が座った。
店町は場の空気を読むのがとても上手くなっていた。お酒を飲めない役員には、ウエイターに命じてタイミングよくグラスを差し替えさせた。
海外からの来客に対する宗像の対応は、また一味違うものがある。相手に応じて対応を戦略的に変えるという企業家としての柔軟性が発揮されていた。商談後には、日本的な土産物をプレゼントすることを欠かさなかった。それらの配慮が商談を有利に運ぶきっかけともなっていた。
日本国内の顧客が相手である場合には、商談後に自社製品をプレゼントすることもあった。そのたび店町が営業担当者とともに顧客の自宅に配送設置に出向いて、帰りに古い洗濯機を引きあげてくるのである。
新製品がヒットして販売が軌道に乗りはじめると、宗像はその自信作を取引先のキーマン、参加団体の役員などに無償提供する提案を店町に指示した。不良返品率の高い初回ロット製品を避け、第二ロット製品以降を提供にあてた。
まず手はじめに、宗像社長の自宅に配送設置に伺うことになった。店町は毎月給料を届けに訪れているものの、家の中まで入るのははじめてである。広いリビングの奥に、これまた広いキッチンが見えている。洗濯機を設置する洗面所も広い。新製品と置き換えに引き上げる洗濯機は、四年前にアランドリーが発売した製品だった。
洗濯機のプレゼントは取引先にたいそう喜ばれた。実際に利用するのはキーマンの奥さんであるため、その評判は間接的に企業経営に良い影響を与えた。宗像はキーマンの夫人の心を掴んでおくことの大切さを知っていた。それを戦略的に上手く利用したのだった。
