『風に向かって飛び立つ白鳥のように』|第三部 追い風の中の亀裂

第12章 佳音という人

2005年原稿・Web版 全24章

宗像はその後も、工場立ち上げ準備のために毎月上海に出張した。部品調達会社の選定と、作業員の採用面接が主な目的になっていた。各工程に導入する設備の輸出、設置も比較的順調に進んでいた。上海の発展には目を見張るものがあり、日本の高度経済成長期を思わせる勢いがあった。店町も三回に一度の割合で宗像に同行してその様子を目にした。

そして四月を迎えた。店町にとって息つく暇のない一年が過ぎたのである。一年後輩の新入社員が入ってくる。今年の新卒採用は三十名に増えていた。そのうち十五名が本社勤務で、その大半は営業部に配属される予定となっていた。前の年に発売された新製品『ドラム式洗濯機』が空前のヒットとなり営業マンの手が不足していたのである。

新入社員が入ってくると店町たちに対する社長朝礼は終了する。新しく入ってきた社員たちが社長直々の教育を受けることになるのである。

店町は社長朝礼にもう一年参加したいと宗像に申し出た。すると宗像は少し考えて、

「よし、いいだろう。けれども、一年目と同じようでは駄目ですよ、新入社員に対して模範とならないと。それができるなら参加してもいいでしょう、私も望むところだ」と店町の参加を認めた。

新卒社員とは別に、海外事業部にも女性が一名入ってきた。人事の小竹がきれいな女性が入ってきますよ、と言っていた契約社員である。

新卒社員たちは工場で研修を終えてからの本社勤務となるが、その女性は四月一日に本社秘書室フロアに初出社した。彼女をひと目見た店町は、場違いな女性が入社してきたな、と思った。家電メーカーの社員らしくない雰囲気だったからである。どちらかというと、アパレル商社、あるいは広告代理店といった業界が似合いそうな印象である。落ち着いた色のワンピースを着ていたが、少し目立っていた。どこがどう違うかわからなかったが、店町は、洗練された雰囲気をその姿から受けたのだった。他の女性社員たちよりも肩幅が狭く、すらりと立つ姿に透明感がある。

「木村佳音かのんです。よろしくお願いします」控えめに自己紹介した彼女は、店町の隣、かつて刈谷がいた席に座った。

「ごめんなさいね、店町さん。海外事業部の机の数が少なくて……。そのうちこっちに席を増やす予定だから、それまで店町さんの隣に座ってもらうからよろしくね」と北野が申し訳なさそうに言った。

佳音は店町のほうを見て、笑顔で軽く頭を下げた。

「佳音さん、いきなりで申し訳ないんだけど、上海工場の董副総経理って人に電話をつないでもらえるかしら。董さんは日本語しゃべれるんだけど、電話に出る人が中国語しか駄目なんだ」

「北野さんも電話つなぐらい中国語できるじゃないですか。どうしたんですか、急に。あっ、さては木村さんの中国語を試そうとしてますね」

山田が冷やかすように言った。

佳音は北野が言う番号を押して上海工場に電話を掛けた。

佳音が発したのは音楽的な心地よさを持つ北京語だった。フロアにいる全員が、佳音のほうを注目して見ていた。佳音はしぐさも優しい。部屋を出て行く際にも、閉まるドアにそっと手を添えて音を立てずに丁寧に閉めた。女のたしなみができていた。

うわさを聞きつけた他のフロアの男性社員も、特に用事もないのに彼女を見に最上階に上がってきた。佳音がメンバーに加わったことで、最上階の雰囲気が少し変わった。

佳音は初日の仕事を定時で終えた。バッグを手にしてフロアの皆に丁寧に挨拶をしている。そのとき店町は給湯室で宗像の健康ドリンクを作っていた。「お先に失礼します」という佳音の声を聞いて、店町は給湯室から半身のぞくようにして、「おつかれさま」と笑顔を向けた。

佳音が入社して二週間が経過した頃、店町は佳音をランチに誘った。普段は室内で弁当を食べるのであるが、この日は海外事業部のメンバーの会議が長引いていたため、店町は佳音と二人っきりになったのである。

「そこの角を曲がったところにおいしいラーメン屋があるんだけど、木村さんは、ラーメンでも大丈夫?」

「私、何でも食べますよ。こう見えてもけっこう大食いなんですから」

「へぇ、どう頑張っても、そうは見えないけど」

店町が月に何度か来る店である。二人がカウンターの席に着くと、佳音は店町のほうを見て控えめに話しはじめた。

「店町さん。一度聞いてみたかったんですけど……、私の話し方って変ですか?」

「えっ、そんなことないと思うけど……」

「私、すっごくコンプレックス持ってるんです。私が日本に来たのって、八十七年なんですけどね、十四歳のとき。もう十年以上経つんだけど、まだコンプレックスあるんです」

「とても流暢に話していると思うけど。言わなければ誰も気付かないよきっと」

「向こうの国では中学を出て高校に入学していたんですけど、こっちにきたら義務教育でしょ。だからこっちではまた中学から。日本語っていったら、『こんにちは』しか知らなかったんですよ、それが日本に来た次の日にいきなり体育館で全校生徒の前で自己紹介させられたんですよ。私、日本語しゃべれないから英語で自己紹介したんです。そしたら、みんなきょとんとしちゃって。私、悔しくって、悔しくって。それからずぅーっとコンプレックスなんです」

「こんなこと聞いていいのかな」

「え?」

「木村さんはどうして日本に来たの?」

「あ、そういう質問。まだ言ってませんでしたっけ。私のお母さんが日本人で、お父さんが中国人なんです。私が十四歳だったとき、二週間後に突然日本に行くって両親から言われて……。でも、嬉しかったんですよ、日本に来るの」

「中国の人って日本を嫌ってるってイメージあるけど、そうなの?」

「私にとっては憧れの国でしたよ、お金持ちで裕福な国って印象を持ってましたから。でも、来てみて驚きましたよ狭くて」

「結構、苦労したんじゃない?」

「やっぱり、日本語を覚えるのが一番苦労だったかな。姉たちはまだ苦労してるみたいだし。語学って若いうちに身につけないと無理でしょ。私、五人姉妹の一番下なんですけどね」

「えっ、五人姉妹」

「そう、女ばっかりなんです」

「中国っていったら、ひとりっ子政策じゃなかったっけ?」

「それは、私が生まれた何年もあとから」

「へぇ。そうなんだ」

会話が少し途切れて、店町はカウンターの上からキムチの入った容器を手元に寄せた。

「ここのラーメン、結構おいしいですね」

「そう。よかった」

「ところで、話、変わりますけど、田丸さんって怖そうな人ですね。取締役でしたっけ? 私、いつも睨まれているような気がするんです。あの人、よく社長室に出入りしますよね、そのたびに私のほうを横目で睨むんですよ」

「そうなんだ、気付かなかったな」

「店町さんのうしろを通っていくとき、ほんとすごい目してますよ」

昼休みの終わる十分前に二人は店を出た。店町が、「もう少し早くランチに誘いたかったんだけど、北野さんがいるとねぇ」と言うと、佳音は少し不思議そうな顔をした。二人分驕るのはいやだということなのだろうか、ケチくさい男なのかなと思ったのだった。

店町は「ちょっと文房具屋に寄ってから戻るね」と言って、わざと遠まわりして会社に戻った。

「店町君、お昼休みに社長にお客様がお見えになってますよ。社長も部屋にいらしたから、中にお通ししておいたよ。予定にはなかったお客様じゃない? 吉田社長とかいう方で、大きな額縁の絵を持ってこられたの」

「ごめんなさい、北野さん。ありがとうございます。でも、誰でしょうね。社長に絵画でも勧めにこられたのですかね」

北野は「さぁ」と言ってコピーの続きをはじめた。

午後の業務がはじまってしばらくすると、店町の席の内線が鳴った。受付ロビーの番号が表示されている。来客予定はないため、また誰か飛び込みの来訪のようである。

宗像社長と面会中の吉田社長に用事がある、とのことであったため、店町は、「最上階までおあがりください」と言って受話器を置いた。

しばらくすると、ドアをノックすることなく大きな男が勢いよく秘書室に入ってきた。一般企業にはふさわしくない容姿の男である。季節はずれのアロハシャツに太目の金のネックレスをしている。

驚いた店町はとっさに立ち上がり、接客スペースにその男を案内しようとした。

「いえ、ここで結構です」

不思議なことを言う男である。

「吉田社長に、田淵という男が下で待っている、とだけ伝えておいてください」男はそう言い残して部屋を出て行った。

店町は伝言事項を書いたメモ用紙を持って社長室に入った。宗像の前に座っているのは、絵画売りには到底見えない人物だった。病弱そうな顔色の悪い痩せ型の男性だった。

それから十五分ほどして、二人が社長室から出てきた。吉田社長は目を赤く腫らして、宗像に何度も何度もお礼を言っている。めずらしく宗像は、エレベーターに乗って下まで一緒に降りていくようである。その二人を店町はエレベーター前で見送った。

扉が閉まる瞬間に聞こえた吉田社長の声が、神に向かって発せられた言葉のように店町には聞こえた。

しばらくして戻ってきた宗像は険しい顔をしていた。

その夜、梅田の料亭に向かう車の中は重い空気が漂っていた。信号が青に変わって店町が車を発進させたとき、ようやく宗像が口を開いて店町に聞かせるように話しはじめた。ゆっくりとした重い口調だった。

「今日、お昼に吉田というお客さんが来たでしょう。あの人は吉田政二郎さんの息子さんでねえ、サラ金業者に追われているから、何とか助けて欲しいと私にお金を借りに来たんですよ。おそらく、戻ってこないお金だろうから、本当なら私は貸さないんだが……」

吉田政二郎。店町も聞き覚えのある名前である。店町が思い出そうと記憶をたどっていると、宗像が話を続けた。

「私が会社を設立したとき、オイルショックで会社が潰れそうになったとき、ずいぶんお世話になった方の息子さんだから、何とかしてあげないとと思ってねえ。彼の親父さんが私にそうしてくれたように、一週間前に会ったとき私は説教しただけで帰したんですよ。すると今度は彼のお母さんから連絡があってね、息子が命を取られかけているから何とか助けてやってくれ、と泣きながらお願いしてきたんですよ。店町君も見たでしょう、帰り際の彼のほっとした顔を。お金は怖い力を持っている」

宗像は大きなため息をついて、黙ってしまった。

宗像が貸したお金は、おそらく返ってこないだろう。店町はそのような気がした。金のネックレスをした男に手渡すまでのほんのわずかな時間が吉田社長が手にしたお金だったのだろう。吉田社長が見せた涙、発した感謝の言葉。どちらも極限状態に追い込まれた人間が見せるものに違いない。宗像を送った帰り道。店町は、お金の怖さについて色々と考えを巡らせていた。

それから数ヶ月して吉田社長が自殺したという連絡が入ったとき、宗像と店町は上海にいた。数年前から準備を進めてきた上海工場がいよいよ稼動する日が翌日に迫っていたからである。七月の陽射しはまぶしかった。吉田社長のことを聞いた宗像は、一瞬険しい表情を浮かべたが、「店町君。日本に帰ったら、一緒に線香をあげにいってやろう」と言って、感情を抑えるようにして翌日に迫った竣工式の準備にあたった。

工場の正面に中国国旗と日本の国旗が並んで掲げられている。

『熱烈歓迎 愛ア藍里ランリー有限ユーゲン公司コンツー』

工場内に入ると、まずこの垂れ幕が目に入った。真っ赤な生地に金色の文字で書かれた大きな垂れ幕である。同じものが工場内のよく目立つ場所に何枚か掲げられていた。

董副総経理から受け取った招待者名簿に店町は目を通した。中国語の横にカッコ書きで日本語訳が書いてある。工場用地の提供者の名前からはじまり、上海市長、税関関係者、地元有力者の名前がずらりと並んでいた。店町が案内状を出した日本からの招待者の名前もそこに入っていた。

竣工式当日の朝、工場内に掲げられたものより更に大きな垂れ幕が工場の正面に掲げられた。いよいよこの日が来たのである。

垂れ幕が準備される様子を見る宗像の表情は誇らしげである。その隣に董副総経理がいる。

「いよいよだな、店町君。会場内の準備は董副総経理に任せてあるから、董君の指示に従ってよろしく頼むよ」

来賓の到着に先立って、採用が内定している数百名の作業員が続々と会場に入ってきた。特別な日とあって、ここに参加する人たちの目は輝いていた。竣工式典のあとは、立食パーティー形式で料理が振舞われる予定になっている。

「顧娘姐。こっちの人は勢いがすごいですね、目を輝かせてますし」

通訳担当として同行してきた顧小燕が店町に答えた。

「あれはね、竣工式を楽しみにしているというよりも、そのあとの食事を期待して待っているのよ。ただで豪華な食事を食べられるから。食事がはじまったらわかるよ、きっと。すごい勢いで奪い合いになるから」

竣工式典は宗像の挨拶からはじまった。宗像の言葉を顧小燕が丁寧に通訳した。会場の皆は真面目にその話を聞いていた。そのあと来賓の挨拶が続きテープカットとともにクス球が割られた。

中国的な音楽が工場内に鳴り響き、メインラインの上を記念すべき一台目の洗濯機が流れだした。所定位置に待機する作業員が決められた作業手順で部品を取り付けた。去年から日本国内でヒットしているシリーズ製品だった。

最後に本体の枠が取り付けられてその第一号機は完成した。最終組立てと検査工程は日本の新潟工場で行われるため運転することはできないが、上海工場での第一号機の完成である。数百名の拍手が工場内に沸き起こり、音楽がさらに大きな音で鳴り響いた。

中国工場稼動のニュースは、本社社員を活気付けた。このところ続いている好業績をさらに後押しするいいタイミングでの朗報だった。宗像は相変らず各地を飛びまわっている。その表情は、さらに活き活きとしていた。

東京への出張はもっぱら新幹線の利用であったが、新潟へは相変らず特急白鳥号が主な移動手段となっていた。

八月の製販会議にあわせて、宗像と店町は特急白鳥号で新潟に向かった。夏の日本海の眺めは格別だった。反対側の窓には緑茂った山々がすぐ目の前に迫っていた。

上海工場の竣工式後はじめて開催される製販会議であったため、今後の生産計画について夜遅くまで打ち合わせが続いた。翌朝の全体朝礼での宗像の話にも熱が入っていた。中国の発展には目を見張るものがあり、そこで働く人々にも勢いがある。生産現場としての日本の役割は確実に変わりつつある、ということを熱心に説いていた。

宗像の話を聞く作業員たちの表情が心なしか冴えないのが店町は気になった。自分たちが勤める会社が成長しようとしているのに、いったいどうしてなのだろうか、という思いだった。

休憩時間に入って、店町が宗像から離れて工場内を歩いていると、五十代の作業員が店町のほうに近付いてきて、おそるおそるこう切り出した。

「上海工場が軌道に乗ったらこの工場はどうなるのでしょうか?」

彼の後ろで数名のパートの女性が見守っている。

「私たちの仕事はなくなってしまうのでしょうか?」

グローバル化していく会社のことを誇りに思い喜んでいる人々がいる一方で、生活に直結したものとして仕事に携わっている人たちがいる。その人たちにとっては会社が大きくなろうがなるまいが関係ないのである。会社の急激な変化に対応できない、対応するすべをもたない人々がそこに多くいることを店町はこのときはじめて知った。会社経営の難しさ。そのバランスをも考えなければならない立場に宗像がいる。社長はもしかしたら、好業績に気を良くして少し暴走しはじめているのかも知れない。社長は少し急ぎ過ぎているのではないだろうか。店町は、不安な表情を浮かべるパート社員たちが気掛かりになった。

工場作業員からの質問に即答する適切な答えを店町は持っていなかった。宗像がこの先どのような事業戦略を持っているのかわからない。しばらく考えた後、

「上海工場が稼動しても大丈夫ですよ。製品は日本製として販売するわけですから、最終組立て、検査といった大切な仕事が新潟工場で必要ですから」と答えた。「たぶん」という言葉を付け加えたかったが、店町はそれはやめた。

店町のこの説明を聞いて、パート社員は少しほっとした顔をした。

その日の午後、宗像は洗浄機器工業会の理事会に出席するため新潟から東京まで移動した。店町は新潟駅まで宗像を車で送り、新幹線のグリーン席券を手渡して改札口から見送った。

店町は定時まで工場で仕事をしたあと、寝台急行きたぐに号で大阪に帰る予定にしていた。仕事後しばらく時間があった。

店町はワンボックス型の社有車に乗って辺りを散策することにした。八月の日は長く、午後六時を過ぎても空は明るい。海沿いの道を走ると、辺りにはスイカ畑とタバコの葉畑が広がっていた。砂地の畑に水を撒くスプリンクラーが道路をところどころぬらしていた。

日没時刻が近づいたとき、店町は弥彦山の山頂にいた。入社研修の際に同期の新入社員十名とともに登った場所である。佐渡島に沈む夕日はとても美しかった。眼下に広がる海面にオレンジ色の太陽の光が写り込み、細かな波の形を映し出していた。社長室に飾られている大きな写真と同じ風景である。実際目にするその夕日は言葉には表現できないほど美しいものだった。

日が沈むと辺りは一気に暗くなる。店町はヘッドライトの明かりを頼りに山を降りた。海沿いを市内に向けてしばらく走ると、角田岬灯台の灯りが見えた。

工場に戻った店町は駐車場に車を置いて工場を後にした。『越後赤塚駅』の最終電車は午後八時過ぎであったため、既に電車はなかった。新潟駅に向かう手段はタクシー以外になくなっていた。店町は静かな夜道を歩きながら田舎を感じた。

— 第12章 終 —