『風に向かって飛び立つ白鳥のように』|第一部 風向きが変わる

第2章 冷静であること

2005年原稿・Web版 全24章

張り紙の文面は、『放射性同位元素を持ち出した者へ!』ではじまり、『事故は誰かが故意にしたことで許しがたい……一般市民にこれ以上迷惑をかけず、あなたの罪をこれ以上大きくしないために……』と続いていた。太字のゴシック体でA4用紙に書かれたこの言葉は、放射能汚染の拡大の恐れがいまだ残っていることと、犯人が部内関係者であるということを告げていた。研究棟内の薬品の匂いと混ざって、薄暗い廊下の異様さをさらに増していた。日ごろから無口な研究者たちは、今までに増して言葉数が少なくなり、黙々と自分の研究に没頭するようになっていた。

「あの張り紙、女子トイレの中にも貼ってあるのよ」

中庭を歩く女性の声が店町の耳に入った。

女性は白衣を着ていて、その横にいる男性はスーツ姿である。

店町は二人が座る隣のベンチに腰を下ろし、研究雑誌を読む振りをしてその会話に耳を傾けた。

「放射性物質って持ち出せる人が限られてるでしょ。警察もそろそろ犯人の予測がついてるんじゃないの」

「まぁ、おそらくついているだろうね」

「じゃ、早く逮捕すればいいのに」

「それがそう簡単にはいかないみたいなんだよね。関係者の証言と合わせて状況証拠が固まらないと。それに、周りの研究者たちも捜査には非協力的だしね。犯人に思い当たる人物がいたとしても、捜査に協力すると自分の研究時間が奪われて何のメリットもないから。警察も少し困っているみたいなことを言ってたな」

「なんか、やな世界。ここにいる私が言うのもなんだけど」

「日本ではそこまでじゃないけど、アメリカだと、研究競争や昇進をめぐって研究者同士で結構足の引っ張り合いがあったりもするんだよ。同僚の実験サンプルをこっそり隠したり、サンプルの中にバクテリアを混入させたり。もっとひどいのには、弁当の中に放射性物質を入れたっていうのもあるみたいだしね」

「日本でも、大学の研究室でポットのお湯にアジ化ナトリウムを混入させるっていう事件があったでしょ。似たようなものじゃない」

「いゃ、日本じゃまだまだ。向こうの細胞培養用装置の扉にはみんな鍵が掛かっているからね」

店町が中庭で耳にしたその話のように、トイレの扉や個室の中にも、目の高さに張り紙が貼られていた。建物内のすべての場所が落ち着ける場所ではなくなっていた。

セキュリティーが比較的厳重な放射性物質の保管場所に出入りができる人間は確かに限られている。犯人が店町の知る人物である可能性も高い。

たとえ犯人が特定されたとしても店町の研究が補償されるわけではなかったが、周りで噂される内容に店町は敏感になっていた。

研究者たちは事件に対して無関心を装い、捜査には非協力的だった。優秀な人間が集まる機関であるからこそ捜査が難航するという現象を店町は目にした。

「佐藤が犯人じゃないか」という噂を耳にしたとき、店町は思わず「嘘だろ」と強い口調で跳ね返した。まさかあり得ないと思った。と同時に、もしそうであった場合を想像して店町の頭の中は白くなった。

佐藤とは、学部時代に店町が実験の指導を受けた遺伝学教室の助手の名前である。大学には優れた研究者はいるが優秀な教育者はいない、と実感していた店町が唯一見習いたいと感じていた教育熱心な人物だった。

佐藤は学生実習のたびに、国立大学の本来あるべき姿、研究者として実験に取組む姿勢などを学生たちに語って聞かせ、日本の将来は君たちの世代にかかっているのだと熱弁していた。

佐藤は京都大学で博士号を取得後、単身アメリカに渡ってバイオベンチャー企業で研究員となった。その後契約期間満了とともに日本に戻り、大阪医科理科大学の遺伝学教室に活躍の場を得て、研究者として先進的なステップを踏んでいた。資金の流れとともに民間-大学の隔たりなく研究が加速度的に進むアメリカの実状を知る佐藤は、今の日本は古いシステムからの脱却が必要であり、自分の考えに共感する若手研究者をひとりでも多く社会に送り出すことが、日本の将来のためになると考えていた。そしてその考えを実行していた。

当時日本では、内閣総理大臣の直属機関として設置された行政改革会議において、いくつかの行政機関を独立行政法人化しようとする動きがあった。しかし、まだその初期の段階では国立大学は法人化の対象とはされていなかった。そのことについて佐藤は、国立大学こそ法人化すべきなのに、どうしてそうならないのか、といった不満を学生に対してこぼしていた。

「世界に通用する研究機関として生き残っていくには、国立大学にも市場原理に基づく競争を導入する必要がある」佐藤は学生に対してことあるごとにそう繰り返した。社会経験のない店町には、実感の湧かない話も多かったが、若手研究者の育成を自らの使命として熱心に語る佐藤の話は退屈しなかった。

佐藤が大阪医科理科大学の助手となってから既に十年以上経過している。同年代の研究者たちが講師、助教授と昇進していく中、真面目さゆえの不器用さによって、彼は出世競争では少し遅れをとっていた。先進的な彼の考えに共感を示す教授たちが周りにいなかったということも災いしていた。

心が通った教育活動の中に自らの研究成果を上げようとする佐藤の姿は、店町の目には研究者としての手本として映っていた。研究室に個別に話を聞きにいくこともあったが、その中でも特に、実験後のレポートを提出しに行った際に聞いた話が店町の記憶に残っていた。

「店町君。研究者というものは、情熱的である前に、冷静でなければならない。わかるかい? 確かに情熱的でなければ革新的な研究は進まないし、新しい発見は生まれない。ただ、冷静でなければ、それは失敗を招く。ときに実験データは嘘をつく。その嘘を見抜けなければ、研究者としては失格ですよ。実験というものは、心の状態を反映するものなんだよ。無理だろうなと思って進めた実験は必ず失敗する。都合のいいデータが出て欲しいと願って実験を進めると、望んだ通りの結果が出たりする。でも、それは正しい結果だとは限らないんだ。実験の各ステージで無意識のうちに都合のいいデータが出るように操作してしまっているのだよ。何度やっても同じ結果が出る。でも、他の人が追試してみると、結果は違う。追試する研究者というのは、興味と疑いの両方の目で実験を行うから、正直な結果を出しやすい。つまり、実験には平常心と冷静な判断力が常に必要なんだよ。研究者は自分の興味のあるものに対して情熱的になりやすい。優秀な研究者になるためには、まず、冷静さを学ぶことですよ」

熱心に語ったそのすぐあとに、佐藤は突然物静かになる。それは、突然物静かになるというよりもむしろ、いつも冷静な佐藤が突然情熱的に語りはじめ、語った後はいつもの冷静な姿に戻る、という風でもあった。

その後、店町が研究室を訪れたとき佐藤はこうも話した。

「この前は、冷静でありなさい、ということを話したけれど、冷静過ぎるとどうなるかわかりますか?」

いつもより更に落ち着いた丁寧な話しぶりだった。手は休めずに書類を整理していた。

「冷静すぎるとタイミングを逃してしまうんですよ。冷静な判断で、ときに情熱的に行動するということが大切なんですよ」

これらの言葉が、その後店町が目指す研究者としての指標のひとつになっていた。

理由が何であるにしろ犯人が本当に佐藤助手だったとしたら、理想として憧れた人間の手によって、自分の研究者としての道を邪魔されたことになる。テーマを切り替えて修士号を取得することも選択肢のひとつにはあったが、店町はそれを望まなかった。修士号の取得だけでは得ることのできない大切な何かを失いつつあることを店町は感じはじめていた。それがいったい何であるのかわからなかったが、心の中に芽生えた違和感としてそれは確実に存在していた。表向きには、自分の研究者としての経歴に汚点を残したくないとの思いが強かった。形式だけの研究をするくらいなら、研究者を辞めたほうがましだとさえ店町は考えていた。

店町は、A308号室の前に立った。火元責任者の小さなプレートに、佐藤正照の名前がある。レポートの提出でかつて何度も訪れた部屋である。

磨りガラス越しの部屋の中は暗く、電気は消えていた。ドアの脇に掛かった所在ボードのマグネットは、不在を示したままになっていた。店町は、ドアを軽く二回ノックした。やはり返事はなかった。ドアノブに触れたが、鍵は開いていなかった。

その後も佐藤助手の姿を見かけることは一度もなかった。店町の心に、いつ晴れるかわからない曇りを残して時間だけが過ぎていった。

佐藤容疑者逮捕を知ったのは、近畿地方に梅雨明けが宣言された数日後であった。その後発売された週刊誌に事件の詳細が載っていた。

犯行動機について佐藤容疑者は、表向きに評判がいい日本の国立大学の荒んだ実態を世に知らせたかった、今回の自分の行動はとても意味のあることだった、と話したようである。佐藤容疑者は真面目で優秀な研究者だったという周囲のコメントも併せて載っていた。

店町は、佐藤本人が語ったとされる犯行動機に失望した。憧れていた人物の裏切りとも受け取れる行為を恨んだ。大学内の管理の不満、システムの不合理さを指摘するには、もっと別の方法もあったであろうに、結局は自分が損をして自分の主張の代償として家族をも悲しませてしまうことになる。それだけの価値と意味が佐藤の行為に本当にあったのだろうか。店町は理解に苦しんだ。彼がかつて熱弁していた冷静な判断に裏打ちされた情熱的な行動とは、こういうことだったのだろうか。尊敬していた人物の行為だっただけに、より深く考え込んだ。

犯行は計画的だった。その中に彼が言う冷静な時間もあったはずである。店町は閉鎖的な世界に嫌なものを見た。しばらく冷静になれなかった。不安定な心の状態は実験にも悪い影響を及ぼした。皮肉にも、佐藤がかつて指摘した「実験は心の状態を反映する」ということを店町は身をもって体験したのである。店町の研究に対する情熱は次第に薄れていった。

店町はその後も研究室には毎日足を運んだが、いつしか時間の大半を図書館で過ごすようになっていた。七月も後半に差し掛かり、強い陽射しの中で図書館の周りは蝉が鳴きしきっていた。

館内は空調がよく利いていた。自習席で居眠りをしている学生がいる。マンガ雑誌を持ち込んで熱心に読んでいる学生の姿も目に付いた。以前の店町であれば、その姿を見て少し軽蔑したはずである。けれども今の店町は何も感じなくなっていた。大学とは何をするところ、何をすべきところなのだろうか、優れた研究者、優れた教育者の基準とは何なのだろうか。限られた時間の中、出口の見えない迷路の中で店町は惑い続けた。

雑誌コーナーに行っても研究雑誌は手にしなかった。読む気にはなれなかったのである。店町は、今まで一度も読んだことのないビジネス雑誌を手に取って、パラパラとページをめくった。そしてある記事に目をとめた。

— 第2章 終 —