スタート合図のないマラソン

――26歳の私が考えていた「動くこと、立ち止まること」

2026年、昔の文章を整理している中で、こんな原稿が出てきました。

タイトルは、

「スタート合図のないマラソン」

書いたのは26歳の頃。

会社員になったばかりの時期です。

原稿の末尾には、氏名とともに「26歳」「会社員」と記されていました。

何かの公募へ応募するために書いた原稿だったのだと思いますが、掲載された記憶はありません。

25年以上たった今読み返すと、言葉はずいぶん若い。

時代を感じる表現もあります。

けれど、その中にある一つの考え方には、少し驚きました。

「まず方向を考えてから動く」

という考えです。


「動」と「静」

原稿は、スポーツのトレーニングについて考えるところから始まります。

26歳の私は、身体を実際に動かして鍛えることを「動」、精神統一や呼吸法、イメージトレーニングなどを「静」と捉えていました。

そして、スポーツだけでなく、人の生き方そのものも「動」だけでは成立しないのではないか、と話を広げていきます。

動から静へ。この変化は、何もスポーツの世界だけに限ったものではなく、むしろ人間として生きていく上で変化していくべき大切な方向を教えてくれている。

今読むと、ずいぶん大きなことを言っています(笑)。

まだ26歳です。

社会人としての経験も、現在と比べればほとんどありません。

それでも、「ただ動けばよいわけではない」という感覚は、この頃にはすでにかなり強かったようです。


頭は動いている。でも、身体は動かさない

原稿の中では、入院生活についても触れています。

頭は元気なのに、安静にしていなければならない。

動けるのに、動かない。

それには意志が必要だ、と26歳の私は考えていました。

これは、おそらく私自身の事故後の経験とも無関係ではありません。

20歳のスキー事故後、私は「元に戻りたい」と急いで身体を動かそうとしました。

走る。

部活へ戻る。

遅れを取り戻す。

当時の私にとって、前へ進むことは、ほとんど「動くこと」と同じ意味だったのだと思います。

しかし身体の調子を崩していく中で、動くことだけが前進ではないと少しずつ感じ始めていたのかもしれません。


「静とは何か、それはよく考えてから行動すること」

この原稿の中で、今の私が最も目を止めたのは、次の一文でした。

静とは何か、それはよく考えてから行動すること。

26歳の私は、「動かないこと」を何もしないこととは考えていませんでした。

むしろ、頭の中では動いている。

観察する。

考える。

準備する。

そして、動くべき方向が見えたところで動く。

今の私が使う言葉に置き換えるなら、

まず、変数と制約条件を見る。

ということに近いのだと思います。

もちろん、26歳の私はまだ「変数」や「制約条件」という言葉では人生を説明していません。

けれど、その前段階にある考え方は、すでにここにありました。


靴を履かずに走り出していないか

原稿は、途中からマラソンの比喩へ移ります。

私はこう書いていました。

さあ、立ち止まって考えてみよう。そしたらきっと気付くはず。くつを履かずに走り始めている人がなんと多いことだろう。

さらに、反対方向へ走っている人もいる、と続けています。

間違った方向へ一生懸命走れば、速く走るほど目的地から遠ざかります。

途中で気づけば、まずブレーキをかける。

方向を変える。

そして、もう一度加速する。

26歳の私は、それを「無駄な時間」と書いていました。

52歳の今なら、この部分は少し違う書き方をすると思います。

方向を間違えた時間まで、すべてが無駄だったとは思いません。

間違った方向へ進んだからこそ見えたものもある。

遠回りしたからこそ、後から意味を持つ経験もあります。

ただし、

方向が違うと気づいた後まで、走り続ける必要はない。

これは今も変わりません。


動いている人ほど評価される、という不安

原稿の最後には、こんな言葉が残っていました。

動いて鍛える人もいれば、動かず鍛える人もいる。評価を恐れて動く必要などどこにもない。

さらに、

動くだけで評価される時代はもう終わっている。

と書いています。

2001年頃の文章です。

当時の私は、まだ企業経営もしていません。

AIもありません。

今ほど「生産性」や「タイムパフォーマンス」という言葉が日常的に使われる時代でもありませんでした。

それでも私は、動いている姿そのものが評価されることに、すでに違和感を持っていたようです。

これは現在の私の仕事観にもつながっています。

長時間働いた。

忙しかった。

疲れた。

それらと、仕事によって価値を生み出したことは、同じではありません。

動くこと自体を目的にするのではなく、何のために、どちらへ動くのか。

その前に一度考える。

どうやら、この感覚もかなり昔から持っていたようです。


今なら「予防」という言葉も加える

同じ時期に残していたメモを読むと、私は「予防法学」という言葉にも関心を持っていました。

問題が起きてから弁護士に解決してもらうのではなく、問題が起きないように先に考える。

怪我をしてから治療するだけではなく、その後は再び悪くならないために考える。

スピードが速い時代だからこそ、事後対応能力だけでなく、先に準備しておくことが大切ではないか。

そんな断片を書き残していました。

現在、会社を経営しながら私は、問題が起きるたびに全力で対応する状態を「野戦病院型」と呼ぶことがあります。

そして、問題そのものが起きにくい条件をつくることを「予防医学型」と考えています。

もちろん、26歳の頃に現在の経営思想まで完成していたわけではありません。

ただ、

起きてから直すより、起きる前に条件を見る。

という考えの種は、この頃からあったようです。


26歳の自分と、52歳の自分

昔の文章を読み返していると、ときどき思います。

「昔の自分の方が、賢かったんじゃないか」と(笑)。

言葉は荒い。

例の選び方にも若さがあります。

今なら、そのままでは書かない表現もあります。

でも、若い頃の自分には、経験が少ない分だけ、物事の芯へ直接手を伸ばしていたところがあったのかもしれません。

26歳の私は、

「まず立ち止まって、方向を考えよう」

と書きました。

52歳の私は、その言葉にもう少し変数を加えます。

方向だけではない。

身体の状態。

使える時間。

周囲への影響。

失敗したときの損失。

やり直せる可能性。

そして、時間が経ったとき、その選択がどんな意味を持つのか。

それらを見ながら、動くか、止まるか、待つかを決める。

若い私は答えを先に書いていて、今の私は、その答えがなぜそうだったのかを少し説明できるようになった。

そんな関係なのかもしれません。


スタート合図は、たぶん鳴らない

人生には、競技のような明確なスタート合図はありません。

誰かが「今です」と教えてくれるわけでもありません。

周りの人が走り始めれば、自分も走らなければならないような気がすることもあります。

でも、同じスタートラインに立っているように見えても、人が持っている条件はそれぞれ違います。

靴も違う。

身体も違う。

目的地も違う。

走れる距離も違う。

だから、周囲が走ったという理由だけで、自分まで走り出す必要はないのでしょう。

立ち止まっている時間にも、できることがあります。

見る。

考える。

準備する。

そして、自分の条件で進める方向を見つける。

26歳の私が書いた「スタート合図のないマラソン」は、25年以上経った今も、完全には終わっていないようです。


※本ページは、26歳当時に武市真吾が執筆した「スタート合図のないマラソン」をもとに、2026年に現在の視点から振り返ったものです。当時の原稿には、その時代の認識や表現が含まれています。

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