WRITING & ARCHIVE

社長秘書だった20代――テープを巻き戻しながら、経営を覚えた

人の言葉を書く仕事が、私に経営を見る目をつくってくれた。

1999年4月。

大学院を修了した私は、 マッサージチェアメーカーへ新卒で入社しました。

入社式では、新入社員を代表して決意表明をしていたようです。

「していたようです」と書くのは、 2026年になって当時の文書を見つけるまで、 本人がすっかり忘れていたからです。

その後、私は創業社長の秘書となりました。

スケジュール管理や同行だけではありません。

社長名義の手紙を書く。

そして毎週行われる社長朝礼を録音し、 その内容を文章として残す。

今振り返ると、 20代の私にとってそれは、 とても密度の高い経営教育だったのだと思います。

1999

社会人最初の日に、何を考えていたのか

入社時の決意表明には、 当時の社会情勢を「厳しく、かつ流動的」と捉えながら、 その転換期に社会人になれたことを、 むしろ前向きに考えようとする自分が残っています。

「意味のある努力とは何か」

「価値ある目標とは何か」

「時代が必要としている人間とはどのような人なのか」

当時の会社文化や、 私が身を置いていた環境から強く影響を受けた言葉でもあります。

けれど、 変化の大きな時代を悲観するのではなく、 その中で自分がどう動くかを考える姿勢は、 後の人生にも残りました。

WEEKLY ROUTINE

テープを巻き戻しながら、経営を覚えた

秘書時代、 毎週行われる社長朝礼を録音し、 文字に起こすことも私の仕事でした。

当時は、 音声ファイルをAIへ渡せば数十秒で文章になるような時代ではありません。

カセットテープを再生する。

聞き取れない。

止める。

巻き戻す。

もう一度聞く。

文章を打つ。

意味が分からなければ、 また少し前まで巻き戻す。

ようやく一本を完成させたと思うと、 また次の週の朝礼がやってきます。

効率は、とても悪かった。
でも、人間へのインプット効率は、
とても高かったのかもしれません。

LISTEN / UNDERSTAND / WRITE

文字にするには、意味を理解しなければならない

音を文字へ変えるだけなら、 単純作業のようにも見えます。

けれど実際には、 そう簡単ではありません。

話し言葉には、 主語が抜けます。

「これ」「それ」「あれ」という言葉も頻繁に出てきます。

話題が途中で変わることもあります。

どこに句読点を置くかによって、 意味が変わることさえあります。

文章として成立させるためには、 社長が何を言おうとしているのかを 自分なりに理解しなければなりません。

つまり私は毎週、

聞く。

理解する。

構造をつかむ。

言葉へ変換する。

という作業を繰り返していました。

当時は単なる秘書業務だと思っていましたが、 今になって考えると、 かなり特殊な反復訓練だったと思います。

当時の朝礼には、 「良い話を聞いた」で終わるのではなく、 聞いたことを自分自身へ当てはめて考えることが 学びなのだ、という趣旨の話も残っています。

その言葉まで、 私は文字にしていました。

考えてみれば文字起こしという仕事は、 それを半ば強制的に実行する仕組みだったのかもしれません。

聞き流すことができない。

意味が分からなければ前へ進めない。

そして同じ言葉へ、 何度も戻らなければならない。

当時は面倒な仕事の一つだったはずですが、 結果としてそれが、 私にとって非常に密度の高い学習装置になっていました。

MANAGEMENT INPUT

毎週、経営のケーススタディが届いた

朝礼で語られる内容は、 精神論だけではありませんでした。

海外工場の立ち上げ。

製造の内製化。

新商品開発。

テレビCM。

販売戦略。

海外市場。

売掛金。

在庫。

利益。

資金。

組織。

人材。

上場。

社外の経営者から学んだこと。

会社で現実に起きている出来事を材料にしながら、 なぜそうなったのか、 次に何をするのかが語られていました。

ある週は、 未経験の製造工程を短期間で立ち上げるため、 理論だけでなく実際に身体で覚える必要性が語られる。

またある週は、 売上だけを追いかけても、 売掛金の回収や在庫管理を誤れば、 会社そのものが危うくなるという話が続く。

さらに、 会社で起きた品質問題を材料に、 一つの不具合を直して終わりにするのではなく、 複数の原因を調べ、 開発、製造、品質管理まで含めて 会社の体質そのものを変えなければならない、 という話もありました。

「良い製品だから売れている」という明るい事実の陰に、 深刻なクレームが隠れることもある。

良い結果だけを見て安心せず、 見えていない問題を探す。

今振り返ると、 現在の私が経営で大切にしている 「問題が起きてから治療するだけでなく、 問題が起こりにくい構造をつくる」 という考え方につながる材料も、 この頃から毎週のように耳へ入っていました。

それらを私は、 一度聞いただけではありません。

テープを何度も巻き戻しながら、 一文字ずつ文章にしていました。

EXECUTIVE WRITING

自分の言葉ではなく、人の言葉を書く

もう一つ、 秘書として頻繁に行っていた仕事があります。

社長名義の手紙を書くことです。

経営者や取引先、 関係者への礼状や報告書など、 50通を超える文書が今も手元に残っています。

そこでは、 自分が書きたいことを書けばよいわけではありません。

相手は誰なのか。

社長とその人の関係はどのようなものなのか。

今回伝えるべき事実は何か。

どこまで詳しく書くべきか。

どのくらいの温度で感謝を伝えるべきか。

そして何より、

「この人なら、この相手にどう語るだろう」

と考えなければなりません。

業績報告を書くのであれば、 売上や利益の数字だけでなく、 その背景まで理解する必要があります。

商品開発について書くのであれば、 会社がどこへ向かおうとしているのかまで 理解しなければなりません。

振り返ればこれは、 若い私にとって 経営者の視点を借りて文章を書く訓練 でもありました。

VOICE & TRUST

文章は、信用を運ぶ

手紙は、 書いた人だけのものではありません。

相手との関係の中に残ります。

社長名義で出す以上、 文章の品位を落とすことはできません。

事実を誤ることもできません。

必要以上に書きすぎてもいけない。

足りなければ、 気持ちが伝わらない。

私はそこで、 文章には情報だけでなく、 関係性や信用を運ぶ役割があることを 少しずつ覚えていったのだと思います。

後に、 商品ページを書くときも、 お客様へメールを書くときも、 知的財産をめぐる文書を書くときも、 社員へメッセージを書くときも、 この感覚は残りました。

WHAT REMAINED

受け継いだものと、受け継がなかったもの

当時聞いていた言葉を、 私がすべてそのまま現在の経営へ持ち込んでいるわけではありません。

1990年代の企業社会には、 今とはずいぶん異なる仕事観がありました。

若いうちは長時間働く。

厳しい環境へ置くことで人を強くする。

強い精神力や根性によって壁を突破する。

その中には、 今の私ならそのまま採用しない考え方もあります。

私自身、 その後の仕事や身体の経験を通じて、 「無理を重ねれば、人はいつまでも強くなる」 わけではないことを知りました。

しかし、 今でも残っているものもあります。

変化を早く読むこと。

現場を見ること。

数字の背景まで考えること。

未来から現在を見ること。

経営者が環境をつくること。

信用を軽く扱わないこと。

社長がいなくても、会社が回るようにする

今回、昔の朝礼記録を読み返していて、 もう一つ驚いた言葉がありました。

2000年当時、 会社は株式公開を目指していました。

しかし業績だけを見れば上場できる状態であっても、 社内体制や人事体制が整うまでは急がない。

その理由として語られていたのが、

社長に何かあったとき、
会社が回らないようではいけない。

製造、営業、開発、管理、戦略。

それぞれを担える人が育ち、 社長一人に会社が依存しない状態をつくる。

2026年の現在、 私はパントスで 「社長がいなくても飛べる会社へ」 ということを考えています。

当時の言葉をそのまま受け継いだつもりはありません。

けれど、 会社を一人の能力に依存させず、 組織として長く成立させるという問いを、 20代の私は毎週の朝礼の中で 何度も耳にしていたことになります。

「環境が人をつくる」を、自分なりに考え直す

興味深いのは、 「人は環境によって変わる」という考え方です。

当時は、 厳しい環境を与えることによって 人を育てようという文脈で語られることが多くありました。

現在の私は、 少し違う表現を使っています。

若手を育てるのではなく、
育つ条件をつくる。

「環境が人に影響する」という根は同じでも、 どのような環境をつくるべきかについての考え方は、 長い時間をかけて変わってきました。

それもまた、 経験によって考え方が更新されてきた証拠なのだと思います。

1999 → 2026

27年後、本当に「知恵ロボット」が現れた

1999年5月のある朝礼で、 21世紀の未来についての話がありました。

人間よりはるかに多くの知恵を持つ 「知恵ロボット」がシミュレーションを行い、 人間は基礎的な情報を与え、 その先をロボットが拡大していくようになるのではないか。

そんな未来像でした。

当時の私は、 その言葉をカセットテープから何度も巻き戻して パソコンへ入力していました。

そして2026年。

私はAIと対話しながら、 昔の文章を読み、 人生を振り返り、 経営を考え、 公式サイトを作っています。

27年前に文字にした未来の一部が、 本当に目の前へやってきました。

AI & WORK

「作業は機械がやるようになる」――1999年に聞いていたAI時代の仕事論

今回の朝礼記録を読み返していて、 もっとも驚いたものの一つが、 1999年8月の記録でした。

経理の仕事について、 こんな趣旨の話がされています。

計算すること自体は仕事ではなく、作業である。
そのうち、その作業は機械がやるようになる。
人の仕事は、出てきた数字を分析し、分解し、
各部門へフィードバックすることだ。

1999年。

私自身はその言葉を、 カセットテープを何度も巻き戻しながら、 パソコンへ入力していました。

その作業こそ、 27年後の現在ならAIがほとんど自動で行ってくれます。

音声を文字にする。

数字を集計する。

情報を分類する。

資料のたたき台をつくる。

当時「いずれ機械がやる」と語られていた世界が、 現実になりました。

では、人間の仕事はなくなったのでしょうか。

むしろ、 当時の言葉を今の時代に置き換えると、 人間側に残るものが見えてきます。

何を見るのか。

どう分析するのか。

何を分解するのか。

どの情報をつなぐのか。

何を意味づけるのか。

そして、何を決めるのか。

AI時代になって、 「処理」と「仕事」の境界が よりはっきりしてきたように思います。

そして、もう一つ。

AIによって、 「処理したこと」と「学習したこと」も分離しました。

昔は情報を処理するために、 人間自身がその情報の中を通らなければなりませんでした。

私の場合は、 テープを止め、巻き戻し、 同じ言葉を何度も聞くという非効率な作業によって、 経営者の考えが半ば自動的に頭へ入っていきました。

今は、 AIが完成した文章だけを渡してくれます。

だからといって、 昔の非効率へ戻る必要はありません。

必要なのは、 AIへ任せる「処理」と、
人間に残す「思考」と「学習」を、
意識して分けること。

これは、 AIとともに働く時代の 一つの大切なテーマだと思っています。

ONE ROOT

書くことと、経営することは遠くなかった

20代の私は、 小説家になりたいと思うことがありました。

一方、 社会人になると、 社長の言葉を文字にし、 社長の名前で手紙を書く仕事をしていました。

その後は、 研究開発資料、 営業提案、 商品ページ、 FXブログ、 知的財産をめぐる文書、 社内メッセージ、 経営計画と、 さまざまな文章を書いてきました。

目的は違います。

でも、 やっていることには共通点があります。

散らばった事実や考えを整理し、
相手が受け取れる形へ変える。

経営も、 似ているのかもしれません。

人、技術、顧客、数字、時間、信用。

散らばっているものの関係を読み、 一つの方向へ意味を与えていく。

1999年、 私は社長秘書として 人の言葉を書く仕事をしていました。

27年後になって振り返ると、 その仕事もまた、 今の自分につながる一つの長い訓練だったように思います。

NOTE

※本ページは、1999年以降に社長秘書として作成・保管していた 入社時の文章、社長朝礼記録、社長名義の書簡等を、 2026年の視点から振り返ったものです。

当時の文書には、 その時代の社会情勢、企業文化、労働観、 個別企業・人物等に関する記述が含まれています。 本ページでは、それらすべてを現在の価値観として肯定するものではなく、 自身の思考形成過程を振り返るために必要な範囲で紹介しています。