WRITING & ARCHIVE

「職業選択肢の一つとしてのFX」――変数と確率を考えていた頃

FXという実験室で、私は「生き残ること」を学んでいた。

2012年2月。

私は専業トレーダーとして、 「職業選択肢の一つとしてのFX」というブログを書き始めました。

当時の私にとってFXは、 短期間で大きなお金を得るための手段ではありませんでした。

身体的な事情や家庭環境などによって、 一般的な会社員という働き方を選択しにくい人にも、 別の働き方があり得るのではないか。

そんな問いを考えるための、 一つの実践でもありました。

2012年頃、自宅で専業トレーダーとして使用していた複数モニターのトレード環境
2012年頃のトレード環境。私にとってFXは、相場だけでなく、 自分自身の判断を観察する実験室でもありました。

そして2026年。

約14年前に書いた300ページほどの記録を読み返してみると、 そこには現在の私が人生や経営について使っている言葉の 原型のようなものが数多く残っていました。

2012

最初から、投資の話だけを書くつもりではなかった

ブログの最初の記事で、 私はFXトレードを「ビジネス」であり、 一つの「職業選択肢」だと書いています。

楽をして大金を手に入れようという世界ではなく、 地道な努力を続けなければ淘汰される世界。

だからこそ、 努力する覚悟のある人にとっては、 挑戦する意味があるのではないかと考えていました。

特に頭にあったのは、 傷病や家庭事情などによって、 通常の会社員生活を選択することが難しい人たちでした。

私自身も、20歳の事故後、 原因の分からない首や背中の痛み、倦怠感などを抱えながら 長い時間を過ごしていました。

会社員として働くことだけが、 人が社会と関わる唯一の方法ではない。

そんな可能性を、 自分自身で確かめようとしていたのだと思います。

VARIABLES

結果は一つでも、そこに至る要因は多い

2012年3月、 「確率統計が大切だと考える理由」という記事を書いています。

例えば、歩いていて靴が脱げたとします。

結果は、 「靴が脱げた」という一つの事実です。

けれども原因には、 靴のサイズ、靴下の摩擦、歩き方、歩く速度、路面状態など、 多数の要因が考えられます。

当時の私は、 その影響の大きさを「寄与度(変数)」と表現していました。

すべての要因を知ることはできない。 想定していなかった要因が作用することもある。

だから、 何を重視し、 何をいったん無視し、 どの程度の確率で結果を予測するのかを考える。

2026年の今になって振り返ると、 私はこの頃からずっと「変数」を探していたのかもしれません。

トレードでも、 身体でも、 商品開発でも、 会社経営でも。

表面に現れた結果を見るだけではなく、 その背後で何が作用しているのかを考える。

現在の私が大切にしている、

「与えられた変数と制約条件の中で、 人生と幸せを成立させる。」

という言葉も、 突然生まれたものではなかったようです。

SURVIVAL

勝つことより先に、生き残る

FXでは、 一度の大きな失敗によって資金を失えば、 そこで学習そのものが終了します。

どれほど良い考えや手法を持っていても、 次の機会まで市場に残ることができなければ意味がありません。

だから私は、 利益を増やす方法以上に、 資金管理や損失限定について考えるようになりました。

失敗から学ぶためには、 失敗できる余力を残しておかなければならない。

致命傷を避け、 次の試行ができる状態を残す。

学習するためには、 学習期間を生き残らなければならない。

後に会社経営をするようになってからも、 この感覚は変わりませんでした。

売上を最大化することより、 会社そのものが長く残ること。

一つの成功を得ることより、 次の選択肢を残すこと。

全体的破滅を避けることは、 他の多くの目標より先に考えなければならない。

FXという小さな実験室で、 その感覚を何度も身体に覚え込ませていたのだと思います。

STOP / WAIT / REST

「休む」「待つ」「見送る」も技術だった

トレードをしていると、 行動することばかりが仕事のように感じます。

しかし実際には、 何もしないことの方が難しい。

負けた直後には取り返したくなります。

チャンスらしい値動きを見ると、 ポジションを持ちたくなります。

けれども、 自分の判断能力が落ちているときに無理をすれば、 小さな傷を大きくしてしまいます。

当時私は、 「休むというスキル」、 「待つこと」、 「トレードを厳選すること」 について何度も書いていました。

行動しないという判断も、 意思決定の一つです。

そして何かを見送れば、 「やっておけば良かった」という結果も当然発生します。

その機会損失まで受け入れてこそ、 本当の意味で選択できるのだと思うようになりました。

BODY & CONDITIONS

自分自身も、変数の一つだった

当時から私は、 天候によって首や背中の痛み、集中力などが変化することを 強く感じていました。

単純に気圧が低いから悪い、 というほど簡単でもありません。

気圧計付きの腕時計を使ったり、 部屋にデータログ機能付きの気圧・温湿度計を置いたりして、 自分の身体に何が起きているのかを観察していました。

そしてトレードをする前に、 相場だけではなく、 自分自身の集中力や精神状態も確認する。

外部環境だけではなく、 判断する自分自身も条件の一部だからです。

変えられない環境へ抵抗し続けるのではなく、 その中で自分がどう動くかを変える。

この感覚も、 後の人生に長く残ることになりました。

READ THE WIND

観天望気――風を変えずに、風を読む

2012年9月、 「観天望気」という記事を書いています。

小型船舶免許の講習で知った言葉です。

漁師は、 雲、風、空の色などの小さな変化から 天候の変化を予測します。

天候が悪化してから対応するのではなく、 手遅れになる前に帰港できるだけの時間的余裕を持って動く。

翌日には、 「状況変化には予兆がある」という記事も書いていました。

大きな変化が起きる前には、 多くの場合、小さな変化が先に現れる。

それを観察し、 まだ選択肢の残っている段階で行動する。

2025年、 私は会社経営について 「渡り鳥経営」という表現を使うようになりました。

渡り鳥は風を変えることはできません。

風を読み、 その風を利用しながら飛びます。

名前が付いたのはずっと後でしたが、 環境との向き合い方そのものは、 この頃からあまり変わっていなかったようです。

RECORDS

記録の価値は、後になって高まる

2012年5月、 私は「記録の価値は後に高まる」という記事を書いています。

2009年にFXを始めてからの取引を遡り、 損益、勝率、その他の項目をExcelへ記録し、 後から分析できるようにしていました。

当時感じていたのは、 日記として懐かしむための記録だけではなく、 時間が経過した後にも分析できる形で残すこと の大切さでした。

そして数か月後、 ブログ記事そのものについても、 「賞味期限」という言葉を使っています。

売買ポイントを紹介する記事は、 新鮮な刺身のように賞味期限が短い。

私が書きたいのは、 数年後に読んでも役に立つ 「山小屋の保存食のような記事」だ、と。

遭難した人の生存に役立てば、 なお嬉しいとも書いていました。

14年後、 その「保存食」を自分自身が発掘することになるとは、 当時はもちろん想像していませんでした。

WRITING

書くことも、仕事の一部だった

ブログを書き始めて半年ほどすると、 少しずつ読者からコメントをいただくようになりました。

面白かったのは、 売買方法そのものよりも、 考え方やメンタルについての反応が多かったことです。

自分と似た葛藤を感じた。 考え方を参考にしたい。 読むことで気持ちを整えたい。

そんな言葉をいただきました。

私自身にとっても、 書くことには大きな意味がありました。

誰かに伝わるように書こうとすれば、 自分の考えを整理しなければなりません。

そして公開した以上、 自分自身も書いたことを実践しようとします。

文章を書くことそのものが、 自分の判断を整える装置になっていました。

2012 → 2026

FXを離れても、残ったもの

現在の私は、 FXを職業にはしていません。

その後、 個人事業、EC、技術営業、 そして中小製造会社の経営など、 違う仕事を経験してきました。

しかし今回、 当時の文章を読み返して気づきました。

変数を探す。

確率で考える。

致命傷を避ける。

休む。

待つ。

見送る。

環境の変化を読む。

自分自身の状態も観察する。

時間を味方につける。

記録を残す。

扱う対象は変わっても、 私が見ようとしているものは あまり変わっていなかったようです。

FXは、 お金が短時間で増減し、 判断の結果が容赦なく返ってくる世界でした。

だからこそ、 自分自身の思考や感情の癖を観察するには、 とても厳しい実験室でもありました。

2012年の私は、 トレードについて書いているつもりだったのでしょう。

2026年の私から見ると、 そこにはすでに 人生や経営について考えるための材料 がたくさん残っています。

ONE ROOT

私はずっと、変数を探していた

若い頃のバスフィッシング。

競馬のデータ。

生物学。

LEDや植物工場の研究開発。

FX。

EC。

身体との付き合い。

そして会社経営。

一見すると、 まったく違うことをしてきたように見えます。

けれども振り返れば、 私がやってきたことは同じなのかもしれません。

見えている現象を観察し、
見えていない変数を探し、
制約条件を知り、
致命傷を避けながら試し、
時間を加えて、全体が成立する方法を探す。

「職業選択肢の一つとしてのFX」は、 その思考が形成されていく時期に残された、 一冊の実験ノートだったのだと思います。

NOTE

※本ページは、2012年から2013年にかけて執筆した 個人ブログ「職業選択肢の一つとしてのFX」の記録を、 2026年の視点から振り返ったものです。

当時の記事には、 その時代の為替市場、制度、取引環境等を前提とした記述も含まれています。 本ページはFX取引や金融商品への投資を推奨したり、 現在の投資判断に利用するための情報を提供したりすることを 目的とするものではありません。